産業ガス大手のエア・ウォーター株式会社(東証プライム・4088)は、歯科関連用品の通信販売を手がける株式会社歯愛メディカル(東証スタンダード・3540)に対する株式公開買付け(TOB)を実施し、2025年10月に成立させました。買付価格は普通株式1株につき1,500円、買付予定総額は約388億円で、エア・ウォーターが既に持分法適用関連会社としていた歯愛メディカルを完全子会社化・非公開化するための取引です。既存の資本業務提携を一段と深め、歯愛メディカルの通信販売ネットワークをグループ全体へ取り込むことを狙った案件と位置づけられます。
| 案件名 | エア・ウォーターによる歯愛メディカルの完全子会社化 |
| 買い手 | エア・ウォーター株式会社(東証プライム・4088/産業ガス・ヘルス&セーフティー等の多角事業) |
| 売り手・対象 | 株式会社歯愛メディカル(東証スタンダード・3540/歯科関連用品の通信販売/石川県能美市) |
| スキーム | 公開買付け(TOB)→株式併合によるスクイーズアウト→完全子会社化・非公開化 |
| 取引価格 | 1株1,500円(買付総額 約388億円/プレミアムは公表前営業日2025年8月6日終値986円に対し+52.13%) |
| 公表日 | 2025年8月7日 |
| ステータス | TOB成立・完全子会社化手続き完了(2025年12月15日に上場廃止) |
| 結果 | 応募20,177,973株を全取得、エア・ウォーターの議決権比率は38.29%→78.65%へ上昇 |
案件の時系列
| 2025年8月7日 | エア・ウォーターがTOB実施を決議。歯愛メディカル取締役会も同日、賛同および応募推奨を決議(公表) |
| 2025年8月8日 | 公開買付け開始(買付価格1株1,500円、買付予定数25,852,253株、下限・上限とも設定なし) |
| 2025年10月6日 | 公開買付け期間終了(当初は9月24日終了予定で、その後延長) |
| 2025年10月7日 | TOB成立を開示。応募20,177,973株の全てを取得することを公表 |
| 2025年10月14日 | 決済開始。エア・ウォーターが親会社・筆頭株主に該当(議決権78.65%) |
| 2025年11月25日 | 臨時株主総会で株式併合(スクイーズアウト)議案を可決 |
| 2025年12月15日 | 東証スタンダード市場で上場廃止 |
買い手(エア・ウォーター)の狙い
開示によると、エア・ウォーターは歯愛メディカルを2016年10月の資本業務提携以降、持分法適用関連会社(本件公表時点で議決権38.29%を保有)としてきました。しかし、歯愛メディカルが上場会社としての独立性を維持する必要から、グループとの連携が十分に進められていなかったと説明しています。エア・ウォーターは、歯科分野やDX投資、物流機能の強化などを中長期的な観点で推進するには、非公開化を通じて資本関係を一体化させ、より深く連携する必要があると判断したとしています。
エア・ウォーターが同時に公表した事業展開資料では、狙いを大きく二つに整理しています。第一に、歯愛メディカルが持つ歯科分野にとどまらない通信販売ネットワークとプロモーション能力を、医療・アグリ&フーズなどグループ全事業に取り込み、自社開発品の販売拡大や新事業の創出につなげる「事業変革」。第二に、歯科材料の素材開発・焼成装置の設計技術や北海道の歯科技工所ネットワークと歯愛メディカルの基盤を掛け合わせ、歯科DXやグローバル展開を進める「歯科関連事業の進化」です。(出典:エア・ウォーター開示資料)
一般に、既に一部出資している持分法適用関連会社を完全子会社化する動きは、上場維持コストや少数株主との利益調整を解消し、意思決定を一体化する狙いがあると説明されることが多い論点です(本件での個別の該当は非公表)。国内では歯科医院数が2017年以降減少傾向にあり、歯科医院のM&A・承継動向のように、周辺の歯科関連ビジネスでも再編や事業基盤の統合が進みやすい環境にあるといえます。
対象会社の概要と評価されたポイント
歯愛メディカルは2000年1月に石川県で設立され、歯科医院や歯科技工所を中心とした医療関係者向けに、歯科関連用品をカタログおよびウェブサイトで直接販売する通信販売事業を主力としています。歯科用ユニットや歯科用CT、口腔内スキャナといった医療機器のほか、歯科医院の受付業務のデジタル化支援なども展開。2024年にはニッセン、白鳩をグループ化し、報告セグメントを「歯愛メディカル事業」「ニッセン事業」「白鳩事業」の3つに再編しています。エア・ウォーターの開示によると、2024年12月期の実績は売上高675億円、営業利益25億円(日本基準)でした。
買い手が価値を見出したポイントは、開示資料に具体的に示されています。エア・ウォーターは、歯愛メディカルが「全国の歯科医院の約9割(6.5万軒)との取引」を持つ点、最先端の自動化設備を導入した新本社ロジスティクスセンター、顧客ニーズの把握力・商品の目利き力を強みとして挙げています。こうした通販ネットワークと物流・サプライチェーンのノウハウを、エア・ウォーターグループの製品・商材や研究開発力と組み合わせることを、非公開化の目的と結びつけて説明しています。
ガバナンス面では、本件がエア・ウォーターを主要株主とする取引であり「MBO等に係る遵守事項」が適用される案件であることから、歯愛メディカルは特別委員会を設置しました。開示によると、同社取締役会は特別委員会の答申を踏まえ、利害関係を有しない取締役全員の承認および監査役全員の異議がない旨の意見に基づき、TOBへの賛同と株主への応募推奨を決議しています。
スキームの解説
本件は、市場を通じずに対象会社株式を買い集めるTOBと、その後のスクイーズアウトを組み合わせた、上場企業を非公開化する典型的な二段階の手法で進められました。第一段階のTOBでは、買付予定数に下限・上限を設けず、応募のあった20,177,973株の全てを1株1,500円で取得。これによりエア・ウォーターの議決権比率は38.29%から78.65%へ上昇しました。
第二段階では、創業者で代表取締役社長の清水清人氏が保有株式の一部(議決権10.00%相当)をTOBに応募せず保有を継続する一方、その他の少数株主に対して株式併合を用いたスクイーズアウトを実施。2025年11月25日の臨時株主総会で株式併合が可決され、最終的にエア・ウォーターと清水氏の2者のみを株主とする体制へ移行しました。この一連の手続きの結果、歯愛メディカル株式は2025年12月15日に上場廃止となっています。
この事例から読み取れること
本件は、資本業務提携から出資、そして完全子会社化へと段階を踏んで関係を深めた事例です。中小企業のオーナー経営者にとっては、いくつかの示唆を読み取ることができます。
- まず提携・少数出資から始め、シナジーを見極めたうえで段階的に資本関係を深めていく進め方があり得るという論点があります。売り手にとっては、いきなり全株を譲渡するのではなく、関係構築の時間を確保できる余地があるといえます。
- 買い手が評価したのは、財務数値だけでなく「全国の歯科医院の約9割との取引」という顧客基盤や物流ネットワーク、通販のノウハウといった無形の事業基盤でした。自社の強みがどこにあるかを言語化しておくことが、条件面の交渉に影響し得るという論点があります。
- 創業者が全株を手放すのではなく一部の保有を継続する設計もあり、経営の連続性やオーナーの関与度合いに応じて出口の形は複数あり得るという論点があります(本件での個別の意図は非公表)。
自社の事業をどのタイミングで、どのような相手に、どのスキームで譲るのが望ましいかは、経営者ごとに答えが異なります。具体的な進め方や論点整理については会社売却の進め方もあわせてご覧ください。
出典
- 株式会社歯愛メディカル「その他の関係会社であるエア・ウォーター株式会社による当社株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨のお知らせ」(2025年8月7日)
- エア・ウォーター株式会社「株式会社歯愛メディカル普通株式(証券コード:3540)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」(2025年8月7日)
- エア・ウォーター株式会社「㈱歯愛メディカルの連結子会社化によるエア・ウォーターグループの今後の事業展開について」(2025年8月7日)
- 株式会社歯愛メディカル「エア・ウォーター株式会社による当社株式に対する公開買付けの結果並びに親会社、その他の関係会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ」(2025年10月7日)
- 日本取引所グループ「上場廃止等の決定:(株)歯愛メディカル」(2025年11月25日)

