事業承継を控え、「相続税や贈与税の負担を考えると、いまのうちに自社株の評価額を下げておきたい」と考える経営者は少なくありません。ただし自社株評価には計算の仕組みがあり、やみくもに手を打っても効果が出るとは限らず、行き過ぎると税務上のリスクも生じます。本記事では、評価が下がる方向に働く要因と代表的な対策、注意すべき税務リスクを解説します。
非上場株式の評価の仕組みをすでに理解したうえで対策を検討したい経営者を主な読者として想定しており、評価の基礎からご確認になりたい場合は、先に「自社株評価の基礎」をご覧ください。
結論:評価額は「利益・配当・純資産」を圧縮する方向で動く
非上場株式の相続税評価額は、会社の利益・配当・純資産という3つの要素の大きさに応じて決まる構造になっているため、これらを一時的に圧縮する打ち手を組み合わせると、評価額は下がる方向に働きます。ただし、どの対策をどれだけ行えばいくら下がる、という単純な計算はできません。会社ごとに効き方は変わるため、具体的な設計は税理士との相談が前提になります。
評価が下がる仕組み
非上場株式は、会社規模に応じて「類似業種比準方式」「純資産価額方式」、またはその併用で評価されます。類似業種比準方式は、類似業種の上場会社株価をベースに、評価会社の1株当たり配当金額・利益金額・純資産価額(帳簿価額)の3要素を業種平均と比較して算出します。この3要素のいずれかが小さくなれば、比準価額は下がる方向に働きます。
一方の純資産価額方式は、会社の資産・負債を相続税評価の考え方で洗い替え、含み益に対する法人税等相当額を控除して算出します。会社が保有する純資産そのものが小さくなれば、こちらも評価額は下がる方向に働きます。会社規模が大きいほど類似業種比準方式の適用割合が高くなるため、効果の出やすい対策は規模区分によっても変わります。
代表的な対策
実務でよく用いられる対策には、次のようなものがあります。いずれも「評価要素を圧縮する方向に働く」施策であり、効果の大きさは会社の状況次第です。
| 対策 | 働きかける要素 | 概要と留意点 |
|---|---|---|
| 役員退職金の支給 | 利益・純資産 | 功績倍率法などで算定した退職金を支給すると、その事業年度の利益と純資産が圧縮される方向に働きます。不相当に高額な部分は損金不算入となるリスクがあります(法人税法34条)。 |
| 設備投資・修繕 | 利益 | 修繕費など損金算入できる支出は当期利益を圧縮する方向に働きます。資本的支出とみなされ資産計上になると、圧縮効果は限定的です。 |
| 配当政策の見直し | 配当 | 配当を抑えることで比準要素としての配当金額を下げる方向に働きます。無配の会社は比準要素として機能しにくいという指摘もあり、単独の効果は限定的です。 |
| 自己株式の取得(金庫株) | 純資産・株主構成 | 株主から自社株を買い取ることで、発行済株式数や純資産の構成が変わります。財源規制など会社法上の制約があり、事前の資金計画が必要です。 |
| 記帳方法の見直し | 利益 | 減価償却方法や棚卸資産の評価方法など、認められた範囲での見直しが利益額に影響することがあります。 |
自己株式の取得による株主構成の整理は、金庫株(自社株買い)を活用した事業承継で詳しく解説しています。少数株主が分散している場合は、評価対策の前提として自社株の集約から着手するケースも多くあります。
行き過ぎた節税への税務リスク
財産評価基本通達には「総則6項」と呼ばれる規定があり、通達どおりの評価方法によることが著しく不適当と認められる場合には、国税庁長官の指示を受けて評価すると定められています。最高裁判所は令和4年4月19日の判決で、通達評価額と実際の価額に大きなかい離があり、かつ租税負担の軽減を意図した行為が認められるなどの特別な事情がある場合には、通達によらない評価を行っても平等原則に違反しないとの判断を示しました。
国税庁は2026年4月、非上場株式の評価制度を検討する有識者会議を立ち上げました。その資料では、評価方式間のかい離を利用して会社規模の区分を意図的に変えたり、無議決権株式を使って配当還元方式の適用範囲を広げたりするなど、評価額を恣意的に圧縮するスキームが確認されていることが報告されています。総則6項に基づく課税処分は近年増加傾向にあり、非上場株式に関する適用件数は令和4年分3件、令和5年分6件にのぼり、国税庁はこうしたスキームへの対応を評価制度の見直しの中で検討中です。
通常の経営判断の範囲内での対策と、実態を伴わない取引を積み重ねて評価額だけを操作する行為とでは、税務上のリスクが大きく異なります。後者は税務調査で否認され、追徴課税を受ける可能性があります。許容範囲の判断は個別の事実関係によるため、検討段階から税理士に相談し、事業上の合理性を伴う形で進めることが欠かせません。相談費用は依頼先により異なるため、事前に見積もりを確認しましょう。
よくある失敗・注意点
- 資金繰りへの影響を見落とす:役員退職金の支給や自己株式の取得はまとまった資金流出を伴います。評価額を下げることだけを優先し、運転資金を圧迫しては本末転倒です。
- 事業承継税制の適用時期とかみ合わない:納税猶予中に会社規模や資産構成が大きく変わると、猶予の前提条件に影響する場合があります。対策の順序を事前にすり合わせましょう。
- 想定どおりに評価額が下がらない:どの比準要素が効いているかは会社ごとに異なります。試算をせず対策を先行させると、期待した効果が出ないこともあります。
まとめ
- 非上場株式の評価額は利益・配当・純資産という3要素の大きさに連動する構造があり、これらを圧縮する対策は評価額を下げる方向に働く
- 役員退職金の支給、設備投資・修繕、配当政策の見直し、自己株式の取得などが代表的な対策だが、効果の大きさは会社ごとに異なる
- 実態を伴わない過度な圧縮スキームは総則6項による否認リスクがあり、国税庁も制度面での対応を検討中。対策は税理士に相談しながら事業上の合理性を伴う形で進める
次に読む
- 自社株評価の基礎 — 評価方法(類似業種比準方式・純資産価額方式)の全体像を確認したい方はこちら
- 自社株の生前贈与と相続税対策|事業承継の進め方 — 評価額を下げたあとの具体的な移転方法を解説
- 事業承継税制とは?贈与税・相続税の納税猶予の仕組みを解説 — 評価額を下げる代わりに納税を猶予する制度という選択肢

