M&Aの譲渡価格はどう決まるのでしょうか。実務でよく使われる考え方のひとつが、似た会社の市場での評価を参考にする方法です。本記事では、この「マルチプル法」の仕組みと計算例、買い手・売り手それぞれにとっての意味を解説します。
マルチプル法とは
マルチプル法とは、類似する上場企業の株価や事業価値の倍率(マルチプル)を参考に、評価対象企業の価値を算出する手法です。英語では「Market Multiple Method」や「Comparable Company Analysis」と呼ばれ、「類似会社比較法」と訳されることもあります。
代表的な指標が「EV/EBITDA倍率」です。ここでのEVは事業価値(Enterprise Value)を指し、EBITDAは税引前利益に支払利息・減価償却費などを足し戻した、本業の収益力を示す指標です。仮に類似する上場企業の平均EV/EBITDA倍率が6倍で、評価対象企業のEBITDAが8,000万円だとすると、事業価値は「6倍×8,000万円=4億8,000万円」と試算されます(あくまで架空の数値例です)。ここから有利子負債を差し引き、現金を加えることで株式価値を求めます。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1. 類似上場会社の選定 | 事業内容や規模が近い上場企業を複数選ぶ |
| 2. 倍率の算出 | EV/EBITDA・PER等のマルチプルを計算する |
| 3. 対象会社への適用 | 算出した倍率を対象会社の財務数値に乗じる |
| 4. 調整の実施 | 非流動性ディスカウント等を反映して補正する |
主な指標と特徴
マルチプル法で使われる指標は一つではなく、対象企業の状況に応じて使い分けられます。主なものを整理すると、次のとおりです。
| 指標 | 算出の考え方 | 特徴 |
|---|---|---|
| EV/EBITDA倍率 | 事業価値÷EBITDA | 資本構成や税制の違いの影響を受けにくく、中小企業のM&Aでも広く使われる |
| PER(株価収益率) | 株価÷1株当たり利益 | 上場企業の指標として馴染みが深いが、非上場企業への適用には調整が必要 |
| PBR(株価純資産倍率) | 株価÷1株当たり純資産 | 資産の含み損益を反映しにくく、補助的な指標として使われることが多い |
なお、倍率の水準は業種・企業規模・市況によって大きく異なるため、「この業種なら○倍」と一律に語ることはできません。同業他社の状況や取引時点の市場環境を踏まえて、その都度検討する必要があります。
実務での意味
買い手にとって
買い手にとってマルチプル法は、投資対効果を市場の物差しで確認する手段になります。企業価値評価の一手法として、同業他社の水準と比較しながら「割高な買い物になっていないか」を検証できるため、他の評価手法と組み合わせて使われることが一般的です。
売り手にとって
売り手にとっては、自社の交渉ポジションを客観的に把握する材料になります。EBITDAを高めるなど収益力を改善しておくことで、算出される事業価値が上がりやすくなるため、譲渡を検討し始めた段階から収益構造を見直しておくことには意味があります。
まとめ
- マルチプル法は、類似する上場企業の倍率を参考に企業価値を算出する評価手法
- EV/EBITDA倍率が代表的な指標だが、倍率の水準は業種・規模・市況で大きく異なる
- 買い手は投資対効果の検証、売り手は交渉ポジションの把握に活用できる

