全国の薬局数は6万施設を超え、飽和状態にあるとされます。医療機関の近くで処方箋を受ける「門前薬局」を中心とした中小の調剤薬局では、薬価改定による収益悪化や後継者不在を背景に倒産・休廃業が増える一方、大手ドラッグストア・調剤チェーンによる買収・経営統合が相次いでいます。本記事では、統計と公表事例をもとに調剤薬局業界のM&A動向を整理します。
業界の構造とM&Aが起こる背景
厚生労働省「令和6(2024)年度衛生行政報告例」(2025年10月公表)によると、令和6年度末時点の全国の薬局数は63,203施設で、前年度から375施設(0.6%)増加しました。人口10万人あたりでは51.1施設にのぼり、医薬分業の進展とともに薬局数が積み上がった結果、市場は飽和状態に近いとみられています。
こうした構造の中で、個人経営を中心とする中小薬局には共通の課題があります。第一に経営者の高齢化と後継者不在です。第二に、近隣の病院・クリニック1〜数カ所の処方箋に依存する「門前型」の経営モデルは、当該医療機関の閉院や患者数の変動に業績が左右されやすく、経営基盤として不安定です。第三に薬剤師の採用難があり、給与・福利厚生で優位に立つ大手チェーンに人材が集中しやすい構造があります。さらに、薬価改定や調剤報酬改定のたびに薬剤の実勢価格や技術料が見直され、スケールメリットを持たない中小薬局ほど収益への影響を受けやすい傾向があります。
最近の動向
帝国データバンクの「『調剤薬局』の倒産動向(2025年度)」(2026年4月13日発表)によると、2025年度(2025年4月〜2026年3月)の調剤薬局の倒産は30件で、前年度の29件を上回り2年連続で過去最多を更新しました。このうち8割超が資本金1,000万円未満の小規模事業者で、薬価改定による単価下落、調剤機能を備えたドラッグストアの進出、近隣の病院・クリニックの閉院などが要因として挙げられています。同調査では、2026年度から門前薬局に対する調剤基本料の減額が予定されていることにも触れ、「薬の提供」以外の付加価値を打ち出せない中小調剤薬局の淘汰が今後さらに進むとみられる、としています。
集計期間・基準の異なる東京商工リサーチの調査(2026年1月11日発表、2025年1〜12月の暦年集計)でも、調剤薬局の倒産は38件と前年の28件から35.7%増加し、こちらも2年連続で過去最多となりました。原因別では「販売不振」が25件(構成比65.7%)と前年の2倍以上に増加した一方、負債総額は44億8,400万円と前年比68.3%減。負債1億円未満の小規模倒産が29件(構成比76.3%)を占め、大型倒産が減る一方で小規模薬局の淘汰が広がっている実態がうかがえます。
一方で大手による再編も活発です。調剤薬局最大手のアインホールディングスは2025年8月1日、「さくら薬局」を展開するクラフト(約800店舗)の全株式取得を完了したと発表しました(取得価額591億円)。ドラッグストア大手のスギホールディングスも2024年9月、阪神調剤薬局を運営するI&H(500店舗超)を子会社化しており、2026年3月1日付でスギ薬局に吸収合併されました。ドラッグストア業界では2025年12月、ツルハホールディングスとウエルシアホールディングスの経営統合が完了し、売上高2兆3,124億円・国内店舗数5,659店舗規模のグループが誕生しました。ドラッグストア各社が調剤併設店舗の比率を高める動きと連動し、調剤薬局業界の再編も今後続くと考えられます。
この業界のM&Aの特徴
| 項目 | ポイント |
|---|---|
| 処方箋枚数 | 収益の源泉。月間の応需枚数と推移 |
| 応需元の集中度 | 特定の医療機関への依存度合い |
| 薬剤師の確保 | 承継後も勤務を続けるかどうか |
| 在宅対応 | 在宅医療への対応実績と体制 |
| 立地 | 門前・面対応など立地の将来性 |
調剤薬局のM&Aで評価されやすい資産は、処方箋の応需先(門前の医療機関)の分散度合いと処方箋枚数の安定性、在宅医療への対応実績、薬剤師の定着率、そして保険薬局としての立地・指定状況です。特定の医療機関への依存度が高いほど、その医療機関の閉院や移転がリスクとして企業価値評価上のディスカウント要因になりやすい一方、複数の応需先を持ちかかりつけ機能や在宅対応を備えた薬局は、門前依存からの脱却度合いが評価されやすい傾向があるとされます。スキームは株式譲渡が中心ですが、複数店舗を運営する法人では特定店舗のみを切り出す事業譲渡や会社分割が用いられるケースもあります。バリュエーションの目線は個別の収益力・立地・薬剤師体制によって大きく変動するため、一律の相場観で語ることはできません。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手にとって
後継者不在の解消が最大の動機となるケースが多く見られます。加えて、薬剤師の待遇改善や人材確保、大手の仕入れ基盤・システムを活用した経営効率化により、単独経営では対応しづらい薬価改定・人手不足の圧力を緩和できる点もM&Aを検討する理由として挙げられます。個人薬局オーナーにとっては、引退後の従業員の雇用や地域の医療提供体制を維持する受け皿としての側面もあります。
買い手にとって
買い手側の目的は、店舗網拡大による処方箋シェアの獲得、薬剤師の採用競争の緩和、在宅医療・かかりつけ機能への対応力強化に大別されます。ドラッグストア各社にとっては、調剤機能を内製化することで来店頻度や客単価の向上を狙う動きが一般に見られます。ただし、こうした動機・見通しは個別企業により異なり、本件での該当は各社の公表資料の範囲にとどまります。
調剤薬局の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、調剤薬局が含まれる大分類「卸売業・小売業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値12.0倍、四分位範囲5.9〜21.0倍(n=484)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値7.7倍(n=336)です。なお、調剤薬局は日本標準産業分類では小売業(医薬品小売業)に含まれます。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値12.0倍を単純に当てはめると約2.4億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.2億円〜約4.2億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、調剤薬局に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 全国の薬局数は6万施設を超えて飽和状態にあり、門前依存の中小薬局を中心に倒産・休廃業が増加傾向にある
- アインHDによるさくら薬局買収、スギHDによるI&H子会社化、ツルハHD・ウエルシアHDの経営統合など、大手による再編が並行して進んでいる
- 売り手は後継者不在の解消、買い手は処方箋シェア拡大や薬剤師確保を目的にM&Aを活用する構図がみられる
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- 会社売却の相場――売却を検討する際の価格の考え方を確認できます。
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