税理士・会計事務所の業界では、経営者である税理士自身の高齢化が進んでいます。後継者が見つからないまま廃業を検討する事務所も少なくありません。こうした背景から、事務所そのものを他の税理士法人や事業者に引き継ぐM&Aが、承継の選択肢として広がりつつあります。
業界の構造とM&Aが起こる背景
日本税理士会連合会が令和6年4月に実施した「第7回税理士実態調査」(回答数38,607件、回答率44.8%)によると、開業税理士のうち60歳以上が62.4%を占めています。税理士全体でみても「60歳代」が25.7%と最も多い年齢層であり、業界全体で高齢化が進んでいることがうかがえます。同調査では、後継者が「いない」と回答した開業税理士が8割を超え、4割以上が自身の代での廃業を予定していると答えたことも明らかになっています。
税理士試験は科目合格制で、登録までに実務経験も必要なため、資格取得自体に時間がかかりやすいという事情もあります。そのため税理士の高齢化は、他の士業と比べても構造的に進みやすい面があります。
加えて、顧問先の経営者自身も高齢化しており、事業承継のタイミングで会計事務所の切り替えが検討されることもあります。記帳代行やクラウド会計への対応をめぐる価格競争も進み、単独での事務所運営の負担は増す傾向にあります。事務所単位での存続を考えるとき、後継者不在は避けて通れないテーマです。
最近の動向
会計事務所業界では、大手税理士法人による中小税理士法人・個人事務所の買収や、地方事務所同士の経営統合が伝えられています。監査を主業務とする大手会計事務所グループが、税務・会計分野のサービス拡充を目的に中小規模の事務所を取り込む動きも報じられています。
クラウド会計ソフトやAIの導入を進めるにあたり、IT企業との業務提携や資本提携を選ぶ事務所も出てきています。個別の再編案件は事務所ごとに事情が異なるため、詳細は各社の公表情報を確認する必要がありますが、業界全体としては再編・統合の傾向が続いていると見られます。
実例:税理士法人ともに(東京都新宿区)は2026年5月25日付で、税理士法人ATパートナーズ(東京都板橋区)と経営統合しました(同年6月1日に告知)。旧ATパートナーズは「税理士法人ともに 板橋支社」として業務を継続しており、地域の税理士事務所同士が承継先を確保した一例とみられます。
この業界のM&Aの特徴
会計事務所のM&Aで最も評価されやすい資産は、顧問契約という継続的な収益基盤です。毎月の顧問料や決算料は安定したストック収益となり、事務所の価値の中心を占めます。あわせて、実務を支える職員の体制や、顧問先の業種・規模の構成も評価対象になります。
この業界の大きな特徴は、税理士業務は税理士または税理士法人でなければ行えないという規制業種である点です。税理士でない者が税理士業務を行うことは税理士法で禁じられています。そのため買い手は必然的に税理士資格を持つ個人や税理士法人に限られ、一般の事業会社が直接買収することはできません。
承継の形態も法人格によって異なります。個人事務所の場合は、顧問契約や什器備品などの資産・負債を個別に引き継ぐ事業譲渡に近い形になります。税理士法人の場合は、持分の譲渡や社員(出資者である税理士)の入れ替えによって経営権を移すことが一般的です。
バリュエーションの目線としては、事務所の収益性や顧問先の継続性によって変動するため相場観の定義は難しいものの、年間の顧問報酬額に一定の倍率を掛けて算定する方法が目安とされることがありますが。事務所ののれん的な価値は、承継後にどれだけの顧問先が離れずに残るか、という引継率に大きく左右されます。詳しい評価の考え方は企業価値評価の記事も参考にしてください。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手(承継を検討する税理士)の視点
売り手にとって最大の関心事は、長年築いてきた顧問先との関係が承継後も維持されるかどうかです。担当者の急な交代は顧問先の不安につながりやすく、引き継ぎ期間を十分に確保することが重要になります。従業員の雇用継続や、自身の一定期間の関与の要否も条件として整理しておく必要があります。承継全体の進め方は事業承継の選択肢で確認できます。
買い手(税理士法人・税理士)の視点
買い手にとっては、顧問先の業種構成や継続的な収益性の見極めが重要です。特定の業種や大口顧問先への依存度が高い場合、承継後の解約リスクも考慮する必要があります。また、既存の職員がどこまで残るか、システムや業務フローの統合にどの程度の手間がかかるかも、実務上の検討ポイントになります。小規模な事務所であれば、スモールM&Aの枠組みで検討されるケースもあります。
税理士・会計事務所の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、税理士・会計事務所が含まれる大分類「学術研究・専門・技術サービス業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値11.3倍、四分位範囲5.9〜21.7倍(n=168)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値6.5倍(n=125)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値11.3倍を単純に当てはめると約2.3億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.2億円〜約4.3億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、税理士・会計事務所に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 税理士の高齢化と後継者不在を背景に、会計事務所業界ではM&Aによる承継が広がっています。
- 税理士業務は税理士・税理士法人にしか行えないため、買い手は資格を持つ主体に限られる規制業種です。
- 評価の中心は顧問契約という継続収益であり、価値は承継後の顧問先引継率に大きく左右されます。
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