電気工事・設備工事業は、住宅やビル、工場の配線から太陽光・EV充電設備まで、暮らしと産業を支える基盤産業です。一方で多重下請け構造や有資格者への依存という業界特有の事情があり、後継者が見つからなければ廃業に至りやすい業界でもあります。近年は人手不足や資格者確保を目的に、同業や異業種によるM&Aが目立つようになってきました。
業界の構造とM&Aが起こる背景
電気工事・設備工事業は、元請けのゼネコンやハウスメーカーの下に一次・二次と続く多重下請け構造が一般的です。案件は地域密着型で、地元の工務店や不動産会社との関係が受注の土台になります。事業の中核は「人」であり、第一種・第二種電気工事士や電気主任技術者といった有資格者の頭数と技術力が、そのまま受注力に直結します。
この構造は、そのままM&Aが起こりやすい土壌にもなります。経営者が高齢化し後継者が見つからない場合、有資格者や取引先との関係を含めて会社ごと引き継ぐM&Aは、廃業より従業員・取引先への影響を抑えられる選択肢です。若手の入職が細っている業界では、資格者を単独で採用するより、資格者が在籍する会社をまとめて譲り受けるほうが早いという買い手側の事情もあります。
最近の動向
帝国データバンクが2026年7月14日に公表した調査によると、2026年上半期(1〜6月)の建設業の倒産件数は1,043件、休廃業・解散件数は4,894件で、合計5,937件は上半期としてリーマン・ショック直後の2009年を上回り過去最多となりました。電気工事・設備工事業もこの建設業に含まれ、資材価格の高止まりと職人不足が続くなか、経営体力のある会社とそうでない会社の格差が広がっていると指摘されています。
経済産業省が2026年3月に公表した資料によると、電気工事業者へのアンケートで「人手が大いに不足」「やや不足」と答えた企業は合計7割にのぼり、6割超の企業が採用活動を行ったにもかかわらず、8割近くが採用目標を達成できませんでした。ヒアリングでは「採用したい人材は大手企業へ流れてしまう」との声が上がっており、中小の電気工事会社ほど採用競争で不利な状況がうかがえます。
実例:電気設備工事大手のきんでんは2026年7月、同業の弘電社に対するTOBを成立させ、議決権の42.53%を取得しました。弘電社は屋内線・送電線・発変電工事などを手がける1917年設立の電気工事会社で、きんでんは特別高圧受変電や半導体関連工事といった事業領域の拡大を狙いとしています。
この業界のM&Aの特徴
電気工事・設備工事業のM&Aでは、貸借対照表に載らない「資格者の数」「元請けとの取引実績」「安全管理体制」が評価の中心になります。買い手はこれらを、単独採用では得にくい即戦力として重視する傾向があります。
| 評価される資産 | 買い手が見るポイント |
|---|---|
| 有資格者数 | 第一種・第二種電気工事士、電気主任技術者などの在籍人数と年齢構成 |
| 施工実績 | 官公庁・大手ゼネコンとの取引履歴、竣工実績の分野(住宅・インフラ・プラント等) |
| 元請比率 | 下請け依存度が低いほど利益率や価格交渉力の面で評価されやすい |
| 安全管理体制 | 労災の発生状況、安全教育の実施記録、有資格者の配置状況 |
譲渡スキームは株式譲渡が中心です。建設業許可については2020年施行の事業承継認可制度により、事業譲渡でも許可を承継できるようになっています。譲渡価格は有資格者数や元請比率など会社ごとの実態によって大きく変わるため、一般的な相場を示すことは難しく、複数の専門家に相談したうえで判断することが重要です。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手にとって
売り手から見ると、資格者や施工実績を持つ会社ほど買い手が見つかりやすい傾向があります。後継者が不在でも、有資格者と取引先ごと引き継げるM&Aは、廃業に比べて従業員の雇用を守りやすい選択肢です。ただし資格者本人が譲渡後に離職してしまうと評価の前提が崩れるため、キーマンの定着を条件に交渉が進むケースが一般的です。
買い手にとって
買い手にとっては、資格者の採用難易度の高さから、会社ごと譲り受けることで即戦力の技術者と施工体制を一度に確保できる利点があります。特に大手の設備工事会社にとっては、地域密着型の中小企業を傘下に収めることでエリアを補完し、特別高圧工事や半導体関連工事といった高度な工事領域への対応力を広げる狙いもあります。買収後は、社風や賃金体系の違いから技術者の離職につながらないよう、統合プロセスを丁寧に進めることが求められます。
電気工事・設備工事業の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、電気工事・設備工事業が含まれる大分類「建設業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値11.6倍、四分位範囲5.9〜22.6倍(n=532)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値5.4倍(n=310)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値11.6倍を単純に当てはめると約2.3億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.2億円〜約4.5億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、電気工事・設備工事業に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 電気工事・設備工事業は多重下請け構造と有資格者への依存が特徴で、後継者不在は廃業リスクに直結しやすい業界です。
- 建設業全体の倒産・休廃業は2026年上半期に過去最多となり、人手不足や資格者確保を目的とするM&Aが増えています。
- 売り手として評価されやすいのは有資格者数・施工実績・元請比率・安全管理体制で、譲渡後の資格者定着が交渉の鍵になります。
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