帝国データバンクによると、2025年度の国内旅館・ホテル市場は売上高ベースで6.5兆円に達し、過去最高を更新する見通しです。訪日外国人の宿泊需要が拡大する一方、老朽化した設備の改修負担や人手不足を理由とした倒産・休廃業も増えており、経営体力による二極化が鮮明になっています。本記事では、一次統計と公表事例をもとにホテル・旅館業界のM&A動向を整理します。
業界の構造とM&Aが起こる背景
旅館・ホテル業には、他業種と比べて構造的にM&Aが検討されやすい要因がいくつかあります。
第一に、客室・大浴場・厨房設備など維持更新にかかる設備投資の負担の重さです。帝国データバンクの調査では、倒産理由に「老朽化」「修繕」「故障」などが含まれるケースが直近5年間で58件(構成比14.6%)にのぼるとされ、単独では改修資金を確保できない中小施設が経営体力の限界を迎えている実態がうかがえます。
第二に、コロナ禍からの需要変化です。訪日外国人の宿泊需要は回復・拡大を続けており、インバウンドを取り込める立地・ブランド力を持つ施設とそうでない施設との収益格差が広がっています。
第三に、経営者の高齢化・後継者不在です。家族経営の旅館では後継者が見つからないまま、廃業か第三者への譲渡かの選択を迫られるケースが一般的な構造課題として指摘されています。
第四に人手不足で、接客・調理を担う人材の確保競争は単独運営の小規模施設ほど厳しくなる傾向があります。こうした課題を背景に、大手ホテルチェーンや投資ファンドが経営不振の旅館・ホテルを取得し、再生する動きが広がっています。
最近の動向
帝国データバンクの「『宿泊業』の倒産・休廃業解散動向(2025年)」(2026年2月6日発表)によると、2025年(暦年)の宿泊業(ホテル・旅館等)の倒産は89件で、前年の78件から14.1%増加し、2年連続の増加となりました。休廃業・解散は178件で、倒産と合わせた年間の市場退出は計267件にのぼります。地域別では75.3%が三大都市圏以外の地方で発生しており、インバウンド需要を取り込みにくい地方の小規模施設ほど淘汰が進んでいる構図がうかがえます。
一方で市場全体の規模は拡大しています。同社の「全国『旅館・ホテル市場』動向調査(2025年度見通し)」(2026年3月30日発表)では、2025年度の市場規模(売上高)は6.5兆円と、前年度の6兆652億円を上回り4年連続で増加し、過去最高を更新する見通しとされました。ただし増収企業は全体の32.4%にとどまり、減収企業も1割を超える水準が2年連続で続いています。財務面では債務超過企業の割合が28.6%(2025年度)で、コロナ禍前の2019年度(24.8%)を上回る水準にあり、業績回復が財務改善に十分につながっていない企業が一定数残っていることを示しています。訪日外国人の宿泊需要については、日本政府観光局(JNTO)の発表(2026年1月21日)によると、2025年の訪日外客数は4,268万3,600人(推計値)で前年から15.8%増加し、初めて4,000万人を超え過去最高を更新しました。
こうした環境のもと、大手による再編・統合も進んでいます。大江戸温泉物語グループは2025年9月1日、運営会社だった「大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ」と「湯快リゾート」を「GENSEN HOLDINGS」に統合したと発表しました。同グループは経営不振に陥った旅館や公共の宿泊施設を取得して再生する手法で店舗網を広げており、統合後は全国71カ所の温泉宿・ホテル・温浴施設を運営しています。不動産投資の面でも、サムティホールディングスが2025年7月28日、自社初となるホテル特化型プライベート不動産ファンドの最終クロージングを発表するなど、ファンドマネーが宿泊施設の取得・再生に向かう動きも見られます。
この業界のM&Aの特徴
| 評価されやすい資産 | 買い手が重視する理由 |
|---|---|
| 立地・不動産 | 観光地や駅近など立地と土地建物の価値が基盤になる |
| 客室稼働率・ADR | 稼働率や平均客室単価は収益力を測る指標になる |
| ブランド・口コミ評価 | 知名度や予約サイトの評価は集客力に直結する |
| 旅館業などの許認可 | 旅館業や飲食の許可は事業を続けるうえで欠かせない |
ホテル・旅館のM&Aで評価されやすい資産としては、まず立地と不動産そのものが挙げられます。温泉地や観光地における希少な立地・眺望・土地建物は、事業単体の収益力とは別に不動産価値として評価されることがあります。
次に、客室稼働率や1室あたり平均単価(ADR)、両者を掛け合わせたRevPARといった収益指標です。稼働率だけでなく単価を高く維持できているかが、施設の収益力・ブランド力を測る目安になります。さらに、口コミサイトやOTA(オンライン旅行代理店)上の評価・リピーター基盤などブランド・顧客からの評価、そして旅館業法上の許可や飲食店営業許可など承継対象となる許認可も評価される資産です。
スキームは株式譲渡が中心ですが、不動産保有会社と運営会社を分けて事業譲渡や会社分割を用いるケースもあります。バリュエーションの目線は立地・老朽化度合い・稼働実績によって大きく変動するため、一律の相場観で語ることはできません。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手にとって
後継者不在の解消が主な動機として挙げられます。加えて、単独では負担しきれない大規模改修の資金を確保できる点、大手の予約網・ブランドを活用して稼働率を改善できる点、大手からの資本投入を期待できる点も、廃業ではなく譲渡を選ぶ理由になり得ます。従業員の雇用や地域の宿泊インフラを維持する受け皿という側面もあります。
買い手にとって
買い手側は、拡大するインバウンド需要を取り込むための店舗網拡大や、希少な立地・温泉資源の獲得を目的とするケースが一般に見られます。老朽施設を取得し自社の運営ノウハウ・ブランドで再生することで、新規開発より短期間で客室数を確保できる点もメリットとされます。
ホテル・旅館の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、ホテル・旅館が含まれる大分類「宿泊業・飲食サービス業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値11.3倍、四分位範囲4.1〜22.9倍(n=90)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値10.3倍(n=72)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値11.3倍を単純に当てはめると約2.3億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約8,200万円〜約4.6億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
この倍率は大分類全体の集計であり、ホテル・旅館に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 2025年度の旅館・ホテル市場は売上高6.5兆円と過去最高が見込まれる一方、倒産は89件(前年比14.1%増)と2年連続で増加し、経営の二極化が進んでいる
- 老朽化した設備の改修負担や経営者の高齢化・後継者不在を背景に、大江戸温泉物語グループの統合やファンドによるホテル特化型不動産ファンドの組成など、大手・ファンドによる再編が進んでいる
- M&Aでは立地・不動産、客室稼働率やADRなどの収益指標、ブランド・口コミ評価、旅館業法上の許認可が評価対象になりやすい
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