金属加工を営む経営者なら、「この技術を誰に引き継ごうか」と一度は考えたことがあるのではないでしょうか。旋盤やプレス、溶接といった技術は一朝一夕に身につかず、後継者が見つからないまま廃業を選ぶ町工場も少なくありません。近年は、技術と取引先を絶やさない手段として、M&Aによる第三者への引き継ぎが広がっています。
業界の構造とM&Aが起こる背景
金属加工業は、旋盤加工・プレス加工・溶接・板金など、工程ごとに専門性を持つ中小企業が重層的に連なる構造です。経営者の高齢化が進む一方、子や親族が継がない、社内に技術を引き継げる人材がいないといった理由で後継者不在に陥る工場が目立ちます。
熟練職人の勘や経験に頼る工程が多く、図面や数値だけでは再現しにくい技能承継の難しさも、この業界特有の課題です。技術が特定の個人に集中していると、その人材が退けば品質や納期を保てなくなるリスクがあり、買い手にとってもキーマンの引き留めが重要な検討事項になります。
工作機械やマシニングセンタは更新のたびに数百万円から数千万円単位の投資が必要で、単独では設備更新の負担に耐えられない工場も少なくありません。原材料や電力コストの上昇分を取引価格に転嫁しにくい下請構造も、収益体力を奪う要因です。自動車や産業機械分野ではサプライチェーンの集約・系列再編が進んでおり、単独での存続よりグループ入りを選ぶ工場も増えています。
最近の動向
帝国データバンクの調査によると、2025年の全国企業の後継者不在率は50.1%で、7年連続で改善しました。業種別では製造業が42.4%と全業種の中で最も低いものの、金属加工業を含め依然として4割超の工場が後継者不在という計算になります。
同社の別調査では、2025年に休廃業・解散した企業は全国で67,949件と、過去10年で2番目に多い水準でした。休廃業した企業のうち直近決算が黒字だった割合は49.1%で、調査開始以来初めて5割を下回っています。経営者の平均年齢は71.5歳と過去最高を更新しており、業績が悪化する前に事業をたたむ「静かな廃業」が増えている実態がうかがえます。
M&Aの動きとしては、後継者不在の町工場を同業や周辺工程の事業会社が譲り受ける、事業承継型の第三者承継が中心です。切削・プレス・板金・表面処理などの工程を組み合わせて一貫加工体制を目指す、ロールアップ型の連続買収も見られます。
発注元が長年の下請け先を受け皿として取り込む、取引関係を土台にした承継も特徴的です。当サイトの既報でも、製造業特化のセレンディップホールディングスが建設機械部品の日建産業を子会社化した事例など、事業会社が承継の受け皿となる動きが続いています。
実例:三相電機(兵庫県姫路市、東証スタンダード上場)は2026年1月、長年の下請け先である石野製作所(同加西市)から金属製品加工事業を譲り受けると発表しました。石野製作所は三相電機株式の8.57%を持つ株主でもあり、資本金1,000万円の受け皿会社「加西三相電機」を設立して2026年4月1日付で事業を承継します。
この業界のM&Aの特徴
金属加工業のM&Aで買い手が重視するのは、汎用機だけでなく専用治具や特殊加工に対応できる設備、ISO9001などの品質認証、そして長年の取引で培われた顧客基盤です。図面通りに寸法精度を出す技能や検査体制も、価格転嫁力の乏しい業界だからこそ評価の対象になります。
オーナー経営者から会社ごと引き継ぐ場合は、株式ごと譲渡する株式譲渡が中心です。一方、三相電機の事例のように、特定の事業や工程だけを切り出して譲り受ける事業譲渡が選ばれることもあります。買い手の目的が会社全体の承継か特定機能の内製化かによって、適したスキームは変わります。
中小の金属加工業では、決算書に表れる純資産に、収益力を反映した営業権(のれん)を加えて評価する考え方が実務でよく使われます。ただし技術力や顧客基盤の評価は工場ごとに差が大きく、評価方法の当てはめ方は個別の交渉次第です。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手(町工場経営者)
技術やノウハウ、取引先との信頼関係が事業の核となっている工場ほど、経営者の頭の中にしか情報が残っていないケースが目立ちます。図面の管理や作業手順の言語化など、日々の業務を「誰が見ても分かる」形に整えておくことが、譲渡先探しでも従業員の雇用維持でも有利に働きます。
買い手(同業・異業種)
買い手にとっての魅力は、価格だけでなく稼働中の設備や品質認証、そして長年培われた顧客基盤にあります。一方で、熟練職人が退職と同時に技術が失われるリスクもあるため、承継後も一定期間は現場に残ってもらう契約設計がよく用いられます。
金属加工業の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、金属加工業が含まれる大分類「製造業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値10.7倍、四分位範囲5.6〜18.5倍(n=551)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値6.3倍(n=358)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値10.7倍を単純に当てはめると約2.1億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.1億円〜約3.7億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、金属加工業に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 経営者の高齢化・後継者不在、技能承継の難しさ、設備投資負担が金属加工業のM&Aを後押ししている
- 評価されるのは設備・品質認証・顧客基盤・熟練人材で、株式譲渡・事業譲渡のどちらも使われる
- 黒字で体力のあるうちに動くほど、技術と雇用を引き継げる相手は見つかりやすい
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