M&Aの相談では、「赤字の会社を買えば節税になるのでは」という話がしばしば出ます。実際には繰越欠損金の扱いは株式譲渡と合併とで大きく異なり、欠損金の獲得自体を目的とした買収には税務上の制限もあります。本記事では繰越欠損金の基本と、M&Aでどこまで引き継げるのかを解説します。
結論から言うと、株式譲渡では繰越欠損金は対象会社にそのまま残り、買い手に移転することはありません。合併で引き継ぐには「適格合併」の要件を満たす必要があり、支配関係が5年未満であれば追加条件も課されます。欠損金だけを狙った買収には否認規定もあるため、買い手・売り手どちらの立場でも欠損金の扱いには十分に確認が必要です。
繰越欠損金とは
繰越欠損金とは、青色申告法人がある事業年度に生じさせた欠損金(税務上の赤字)を、翌事業年度以降に繰り越して所得と相殺できる制度です(法人税法57条)。青色申告とは一定の帳簿を備えて税務署の承認を受ける申告方式です。繰越期間は原則10年(2018年4月1日以後開始の事業年度分。それより前の分は9年)で、中小法人等は所得の全額を控除できますが、大法人(資本金1億円超など)は所得の50%が上限です。
たとえば繰越欠損金3,000万円の会社が翌期に2,000万円の所得を計上した場合、中小法人なら課税所得はゼロですが、大法人は1,000万円しか控除できません。
株式譲渡では欠損金は会社に残る
中小企業のM&Aで多いのは株式譲渡です。株式譲渡は株主が入れ替わるだけで対象会社の法人格は存続するため、繰越欠損金は引き継ぎの対象にすらならず、対象会社の中にそのまま残ります。買収後に対象会社が黒字化すれば、残った欠損金を将来の所得と相殺できます。引き継ぎが問題になるのは、対象会社を消滅させ別法人に統合する合併を行う場合です。
合併で引き継ぐための要件
適格合併(資産の譲渡損益の計上を繰り延べられる要件を満たした合併)に該当すると、被合併法人が合併前10年以内に生じさせた未処理欠損金を合併法人が原則引き継げます。ただし支配関係(発行済株式の50%超を直接・間接に保有する関係)の継続期間によって引き継げる範囲が変わります。
| 支配関係の状況 | 欠損金引き継ぎの扱い |
|---|---|
| 合併事業年度開始日から5年以上継続して支配関係あり | 制限なく引き継げる |
| 支配関係5年未満だが、みなし共同事業要件を満たす | 制限なく引き継げる |
| 支配関係5年未満で、みなし共同事業要件も満たさない | 支配関係発生前の欠損金は引き継げない。含み損の実現損失も一部制限 |
みなし共同事業要件とは、事業関連性や事業規模など複数の条件から合併が事業の共同化と認められるかを判定する基準です。買収から間もなく合併する場合は事前検証が欠かせません。
さらに、欠損金の獲得自体を主目的とした買収・組織再編には否認規定もあります。発行済株式の50%超を取得された「欠損等法人」が、支配獲得から5年以内に旧事業を廃止して新事業を始める等の事由に該当すると、繰越控除自体が使えなくなります(法人税法57条の2、いわゆる休眠会社規制)。組織再編を利用した租税回避と認められる行為・計算を税務署長が否認できる規定(法人税法132条の2)もあります。
実務での意味
買い手にとって
合併を予定する場合は、税務デューデリジェンスで欠損金残高・発生事業年度・支配関係の履歴を確認することが欠かせません。要件判定は複雑なため税理士・公認会計士への確認が一般的で、通常のDD報酬に別途費用がかかることもあります。「欠損金×税率」で単純に買収価格へ織り込むと、否認リスクを見落とすおそれがあります。
売り手にとって
繰越欠損金の額を前面に押し出して売却をアピールしても、欠損金それ自体を目当てにした取引は否認規定の対象になりやすく敬遠されがちです。赤字会社・債務超過でも売却できるかの通り、事業に価値があれば赤字の会社でも買い手はつきます。欠損金は「おまけ」程度に説明するのが現実的です。
まとめ
- 株式譲渡では繰越欠損金は対象会社にそのまま残り、買い手には移転しない
- 合併で引き継ぐには適格合併の要件に加え、支配関係5年未満なら追加要件を満たす必要がある
- 欠損金の獲得自体を目的とした買収・組織再編には否認規定があり、事業実態のない節税スキームはリスクが高い
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