医療・介護業界は今、大きな変革期を迎えています。経営者の高齢化と深刻な後継者不足が重なり、倒産・廃業件数は過去最多水準が続く一方で、大手グループへの経営統合や第三者へのM&Aによる事業承継が加速しています。売却・譲渡を検討している医療機関・介護事業者にとって、M&Aは最も現実的な選択肢の一つになりつつあります。
医療・介護業界でM&Aが活発な背景
経営者・院長の高齢化と後継者不足
帝国データバンクの調査(2025年)によると、診療所の経営者のうち70歳以上が56.7%と過半数を占めています。また、日本医師会「医業承継実態調査(2020年)」(帝国データバンクのレポートで引用)では、後継者候補がいない診療所は50.8%に達しています。医療業の後継者不在率は59.0%で、全国平均の50.1%を大きく上回っています(帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」)。こうした状況を背景に、2025年に倒産・休廃業・解散した医療機関は合計889件と、2024年の786件に続き過去最多を更新しました。
介護業界も同様で、2025年の介護事業者倒産は176件と2年連続で過去最多を更新し、うち訪問介護は91件と3年連続の最多となりました(東京商工リサーチ)。2024年度の調査では倒産事業者の87.7%が資本金1,000万円未満、83.2%が従業員10人未満と、小規模事業者の淘汰が顕著に進んでいます。
人手不足と報酬改定による経営圧迫
医師・看護師・介護士のいずれも慢性的な人材不足が続いており、採用コストや人件費の上昇が経営を直撃しています。介護分野では2024年度の介護報酬改定により訪問介護の基本報酬が引き下げられ、訪問介護事業者の倒産が2024年度だけで86件(全介護倒産の48.0%)に達しました。制度改正は今後も継続的に見込まれるため、最新情報の確認が必要です。
スケールメリット追求と異業種参入
規模の経済が働きやすい業界構造も再編を後押ししています。複数拠点を束ねることで採用力・購買力・IT投資効率が向上します。ドラッグストア大手による調剤薬局の買収に代表されるように、大手資本や異業種による再編も活発化しています(レコフ「2025年8月事業承継M&Aマーケット概況」)。
最近の動向
民間調査会社の集計でも、介護・福祉分野のM&A件数は近年、増加傾向が続いています。有料老人ホームや福祉用具レンタル事業での取引が特に活発です。
調剤薬局分野では、ドラッグストア大手による中小薬局の買収など、大型再編が相次いでいると報じられています。業界の寡占度はまだ低く、「今後もM&Aは活発に行われる」との見方が業界内で多数を占めています(レコフ)。
医療法人の分野では、親族承継から第三者M&Aへのシフトが進んでいます。後継者不在の個人診療所が医療法人へ事業譲渡するケースも、事業承継の選択肢の一つとして広がりつつあります。
実例:株式会社ベネッセスタイルケアグループは2025年12月、埼玉県・茨城県・千葉県で介護付有料老人ホーム等15施設・22事業を展開する株式会社日本ヒューマンサポートの発行済全株式を取得し、子会社化すると発表しました。入居介護事業を成長戦略の柱と位置づける同社による、首都圏郊外エリアへの事業拡大の一例とみられます。
この業界のM&Aの特徴
評価されやすい資産
医療・介護のM&Aでは、以下の要素が特に重視されます。
- 立地・施設:駅近・人口密集地の物件や、改修コストが低い施設は高く評価されます。
- 患者・利用者基盤:レセプト件数や稼働率の高さは収益安定性の証明になります。継続的に通院・利用している顧客層の厚みは最大の評価軸の一つです。
- 人材:医師・薬剤師・介護福祉士など国家資格保持者の在籍数は、買い手にとって即戦力として価値を持ちます。
- 許認可:医療法人格、介護保険事業所指定、調剤薬局の保険薬局指定などは取得に時間がかかるため、既存の許認可は大きな価値を持ちます。
許認可承継・行政手続きが重要な論点
医療法人は株式会社と異なり株式を発行しないため、一般的なM&Aとは手続きが異なります。合併・出資持分譲渡・事業譲渡・法人格売買といった手法が活用されますが、都道府県への認可申請や厚生局への届出など行政手続きが伴います。介護事業所の指定も、株式譲渡か事業譲渡かによって手続きが変わるため、専門家を交えた検討が欠かせません。株式譲渡と事業譲渡の違いについてはこちらで詳しく解説しています。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手(譲渡側)の視点
後継者がいない状況で廃業を選ぶと、患者・利用者への影響だけでなく、スタッフの雇用も失われます。M&Aによる第三者承継であれば、築いてきた事業・ブランド・雇用を継続しながらリタイアできます。また、個人開設のクリニックや薬局では事業の売却対価を受け取れるケースもあり、老後資金の確保につながります。事業承継の選択肢まとめでは、M&A以外の選択肢も含めて解説しています。
買い手(譲受側)の視点
買い手にとっては、既存の許認可・患者基盤・スタッフを一括取得できる点が最大のメリットです。新規開設と比べて開業リスクが低く、即日売上が立ちやすい特性があります。大手医療グループや介護チェーン、ドラッグストア、投資ファンドなど多様なプレーヤーが買い手として市場に参入しており、案件によっては複数の候補者から競争的に買い手を選定できる環境が整いつつあります。
医療・介護事業の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、医療・介護事業が含まれる大分類「医療・福祉」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値9.2倍、四分位範囲3.5〜20.6倍(n=220)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値8.5倍(n=150)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値9.2倍を単純に当てはめると約1.8億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約7,000万円〜約4.1億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、医療・介護事業に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 医療・介護業界では経営者の高齢化・後継者不足・経営環境悪化が重なり、M&Aによる第三者承継が急増している。診療所経営者の56.7%が70歳以上(帝国データバンク調査・2025年)、後継者候補がいない診療所は50.8%に及ぶ(日本医師会「医業承継実態調査」)。
- 許認可の承継や行政手続きが一般業種とは異なる点が最大の留意点。株式譲渡・事業譲渡・合併など手法選択によって手続きが大きく変わるため、専門家への相談が不可欠。
- 買い手は大手グループから投資ファンド・異業種まで多様化しており、優良な案件には複数の引き合いが集まるケースも増えている。早期に相談を開始することで選択肢を広げられる。
次に読む
- 会社売却の進め方|M&Aを検討し始めた経営者向けに、相談から成約までの全プロセスをステップごとに解説。
- 株式譲渡と事業譲渡の違い|医療法人や介護事業者のM&Aで必ず論点になる手法の違いをわかりやすく整理。
- 事業承継の選択肢まとめ|M&A・親族承継・従業員承継など、後継者問題の解決策を比較検討するための完全ガイド。
出典
本記事は以下の情報源を参照しています。
- 帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」
- 帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)」
- 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2024年)」
- 東京商工リサーチ「2024年度介護事業者倒産 最多の179件」
- 東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』の倒産 過去最多176件」
- 帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」
- マールオンライン(レコフデータ)「2015-2024年 介護関連企業が関わるM&A件数の推移」
- レコフ「2025年8月の事業承継M&Aマーケット概況 ~ドラッグストア・調剤薬局のM&A~」
- 株式会社ベネッセスタイルケアグループ「株式会社日本ヒューマンサポートの株式取得に関するお知らせ」(2025年12月5日)

