美容室・サロン業界は店舗数の増加が続く一方で、倒産・休廃業も過去最多を更新しており、経営環境の二極化が進んでいます。後継者不在や人手不足を背景に、廃業ではなく店舗を第三者へ譲渡する動きも徐々に広がっています。本記事では、業界特有の構造とM&Aの特徴、売却を進める際の実務ポイントを解説します。
業界の構造とM&Aが起こる背景
美容室は開業のハードルが比較的低く、技術者としての独立志向が強い業界です。そのため新規開業が相次ぎ、店舗数は増加を続けています(詳細は次章)。一方で大手チェーンや低価格カット専門店との価格競争が激しく、経営体力に乏しい小規模店舗ほど収益確保が難しい構造にあります。
加えて、美容師の人材確保は年々厳しくなっており、技術者のフリーランス化(面貸し・業務委託の広がり)が、事業の継続性を左右する要因になっています。オーナーの高齢化により後継者が見つからないケースも多く、廃業ではなくスモールM&Aとして第三者への譲渡を選ぶ動きが徐々に広がっています。
最近の動向
厚生労働省の令和6年度衛生行政報告例によると、2025年3月末時点の美容所数は277,752件で、前年度比+3,682件(+1.3%)と増加を続け、過去最多を更新しました。一方、理容所数は107,995件で前年度比-2,302件(-2.1%)と減少しています。
帝国データバンクの調査によると、2025年の美容室の倒産件数は235件に達し、2024年の215件を上回って2年連続で過去最多を更新しました。倒産した美容室の9割超は資本金1,000万円未満の小規模事業者で、設立10年未満の割合は49.0%と2008年以降で最高になったとされます。
実例としては、2026年7月にテンポスホールディングス(東証スタンダード)が株式交換により美容室運営会社トミ美容室を完全子会社化すると発表しました。詳細はテンポスHD、トミ美容室を完全子会社化で紹介しています。
この業界のM&Aの特徴
美容室のM&Aは飲食店などと同様にスモール案件が中心で、株式譲渡と事業譲渡のどちらの手法も用いられます。買い手が重視するのは、売上の数字そのものよりも、再現性のある顧客基盤や人材の定着度合いです。譲渡の検討にあたって評価されやすいポイントは、次のように整理できます。
| 項目 | 説明 |
|---|---|
| スタイリストの定着状況 | 指名客を持つスタイリストが継続して勤務するかどうかは、譲渡後の売上維持を左右する要素とされます |
| 立地と設備の状態 | 賃貸物件の契約条件や内装・機器の老朽化度合いは、譲渡後の追加投資の見込みに直結します |
| リピート顧客・予約基盤 | 会員データ・予約システムの引き継ぎ可否や、来店頻度・単価の実態が評価材料になります |
| 雇用・面貸し・業務委託の契約形態の整理 | 従業員か面貸し(業務委託)かで、譲渡後に維持できる人員・売上の範囲が変わるため、契約実態の確認が欠かせません |
バリュエーションの目線については、企業価値評価の手法のうち、店舗規模の小さい美容室では純資産に一定期間分の利益を加味する簡便な方法が用いられる場合が多いとされますが、案件ごとに変動するため一概には言えません。
また、美容室・サロン特有の実務として、保健所への美容所の届出確認も欠かせません。事業譲渡により運営主体が変わる場合、原則として保健所への届出(開設者の地位の承継届)が必要になります。2023年(令和5年)12月13日施行の理容師法・美容師法の改正により、事業譲渡契約書等が整っていれば新規開設届ではなく承継届で手続きできるようになりましたが、株式譲渡(運営法人自体は変わらない)と事業譲渡(運営主体が変わる)では届出の要否・内容が異なるため、事前に管轄の保健所へ確認することが原則です。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手にとって
オーナーにとっては、廃業して顧客・従業員との関係を終わらせるより、譲渡によって店舗・顧客・スタッフの雇用を継続できる点がM&Aの意義とされます。売却価格だけでなく、譲渡後の従業員の雇用条件や店名・ブランドの扱いも交渉の重要な論点になります。会社売却の進め方を早めに把握し、準備を進めることが望ましいとされます。
買い手にとって
買い手(既存の美容室運営会社や異業種からの新規参入企業など)にとっては、新規出店に比べて、稼働中の店舗と顧客基盤、経験のあるスタイリストを一度に獲得できる点が魅力です。一方で、指名客がスタイリスト個人に付いている場合、譲渡後に主要スタッフが離職すると顧客も離れるリスクがあるため、雇用契約や独立に関する取り決めの確認が欠かせません。
美容室・サロンの売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、美容室・サロンが含まれる大分類「生活関連サービス業・娯楽業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値9.5倍、四分位範囲5.8〜18.2倍(n=102)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値5.1倍(n=72)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値9.5倍を単純に当てはめると約1.9億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.2億円〜約3.6億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、美容室・サロンに特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 美容所数は増加が続く一方、倒産・休廃業も過去最多を更新しており、経営環境の二極化が進んでいます
- 美容室M&Aで評価されるのは店舗そのものよりも、スタイリストの定着状況・顧客基盤・立地設備の状態です
- 小規模案件が中心で株式譲渡・事業譲渡どちらもあり得るため、保健所への届出など実務面も含め専門家に早めに相談することが望ましいとされます
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