自社の清掃や設備管理の仕事が回らなくなってきた、と感じているビルメンテナンス業の経営者は少なくないでしょう。現場の担い手不足と経営者自身の高齢化が同時に進むなか、大手企業による同業や不動産管理会社の買収が相次いでいます。本記事では業界の構造とM&Aが増える背景、売却を検討する際のポイントを解説します。
ビルメンテナンス業界の構造とM&Aが起こる背景
ビルメンテナンス業は、清掃・設備管理・警備など建物の維持管理に関わる業務を担う業種の総称です。多くが施設所有者や不動産管理会社との複数年契約に基づくストック型のビジネスで、受注後は比較的長期にわたり安定収入が見込める一方、現場作業を人手に頼る労働集約型の構造を持ちます。総務省・経済産業省の令和3年経済センサス-活動調査によると、建物サービス業(ビルメンテナンス業を含む分類)の事業所数は24,274事業所、従業者数は894,856人、売上高は約6兆458億円です(2021年6月1日時点)。
この業種全体を束ねる公益社団法人全国ビルメンテナンス協会(BMA)が会員企業へのアンケートをもとに推計したところ、2024年度の市場規模は約5.51兆円で、2023年度の約5.18兆円からやや拡大しました。
その裏側で最大の課題となっているのが人材確保です。BMAの第56回実態調査(2025年10〜12月実施、会員1,060社が回答)によると、経営上の悩みごとで最も多いのは「現場従業員が集まりにくい」で88.5%、2013年度調査以降13年連続で1位となっています。次いで「現場従業員の若返りが図りにくい」が74.1%、「賃金上昇が経営を圧迫している」が67.5%と続き、採用難と賃金上昇が同時に経営を圧迫している実態がうかがえます。
経営者自身の高齢化も進んでいます。同調査(企業データが取得可能な2,448社が対象、2026年1月1日時点)では、代表者の平均年齢は62.5歳で、60代以上が59.4%を占めます。現場の担い手不足と経営者の高齢化が重なることで、自力での事業継続に限界を感じる経営者が増えていることが、M&Aや事業承継への関心が高まる背景です。
最近の動向
個別のM&A件数を集計した公的な統計は確認できていませんが、近年は大手ビル管理会社や不動産管理会社による同業の買収、業界内での経営統合が相次いで公表されています。人手不足の解消や有資格者の確保、設備工事や警備といった周辺業務への展開を目的とした動きが目立ちます。
実例:東証グロース上場のシンメンテホールディングスは2026年7月15日、東証スタンダード上場の三機サービスと株式交換で経営統合すると発表しました(交換比率は三機サービス株式1株につきシンメンテHD株式1.920株)。原材料価格の高騰と人手不足という共通課題に対処し、顧客に継続的なパートナーとして対応できる体制を築くねらいです。詳しくはシンメンテHDと三機サービスの経営統合で解説しています。
この業界のM&Aの特徴
ビルメンテナンス業のM&Aで評価されやすいのは、継続契約による安定した売上(ストック収益)と、建築物環境衛生管理技術者や電気主任技術者などの有資格者の在籍状況、そしてエリア内での施設ネットワークです。契約更新率が高く、複数の資格保有者が分散して在籍している会社ほど、買い手にとって事業継続のリスクが低いと評価されやすい傾向にあります。
スキームは、対象会社の株式を譲り受ける株式譲渡が中心です。ただし、施設所有者との業務委託契約には契約先の変更に関する条項が含まれている場合があり、株式譲渡であっても実質的な経営者交代を発注者に事前説明し、契約継続への同意を得ておく必要があります。デューデリジェンスの段階で契約書の確認と主要取引先への説明方針を整理しておくことが実務上の要点です。
買い手の顔ぶれは、同業のビルメンテナンス会社によるロールアップ型の買収に加え、不動産管理会社が管理業務を外注から内製に切り替える目的で買収するケースもみられます。2026年6月、東証スタンダード上場の不動産管理会社エリッツホールディングスは、京都のビルメンテナンス会社・共栄薬研を約4.05億円で子会社化すると公表しました。グループの管理物件のメンテナンス業務を内製化してコストと品質を自社でコントロールし、あわせて共栄薬研の顧客基盤を取り込む狙いです。
バリュエーションの目線は会社の規模や利益率、契約構成によって幅がありますが、安定した契約基盤を持つ会社ほど相対的に高い評価を受けやすいとされています。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手にとって
後継者がおらず、自身の年齢や体力を理由に事業継続へ不安を感じている経営者にとって、M&Aは従業員の雇用と取引先との契約を維持したまま引き継ぐ現実的な選択肢です。譲渡後も一定期間、現場の管理者として残ることを求められる場合があり、引き継ぎの期間や役割は交渉の初期段階で確認しておく必要があります。
買い手にとって
買い手にとっての魅力は、採用が難しい有資格者や現場の管理者をチームごと獲得できることと、エリア内の施設網を一度に広げられることです。主要な取引先との契約継続性と、有資格者の年齢構成・定着率を早期に見極めることが、買収後の事業運営を安定させるための実務上の要点になります。
ビルメンテナンス業の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、ビルメンテナンス業が含まれる大分類「サービス業(他に分類されないもの)」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値13.9倍、四分位範囲7.5〜29.2倍(n=253)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値7.8倍(n=147)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値13.9倍を単純に当てはめると約2.8億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.5億円〜約5.8億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、ビルメンテナンス業に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- ビルメンテナンス業は事業所数24,274・従業者数約89万人(令和3年経済センサス)を抱える労働集約型のストック型ビジネスで、現場従業員の採用難(悩みごと1位・88.5%)と経営者の高齢化(代表者平均62.5歳)が同時に進んでいる
- 大手ビル管理会社によるロールアップ型の買収や、不動産管理会社が内製化を目的に買収するケースが相次いでいる
- 評価されやすいのは継続契約と有資格者の在籍状況で、株式譲渡でもチェンジ・オブ・コントロール条項への対応が実務上の要点になる
次に読む
- 会社売却の進め方完全ガイド:実際に売却を検討し始めた方はこちら
- 電気工事・設備工事業のM&A動向とは?人手不足時代の売却:周辺業種の動向もあわせて知りたい方はこちら
- 会社売却の相場はいくら?価格の決まり方と高く売るためのポイント:譲渡価格の目安を知りたい方はこちら

