「定員は埋まっているのに、数年先が見通せない」——そうした不安を抱える園の経営者が増えています。いま順調に見える園でも、少子化のなかで将来の見通しは立てづらくなりました。まずは業界全体で何が起きているのかを、数字で確認してみましょう。
長年の課題だった待機児童問題は解消が進み、こども家庭庁の発表では2025年4月時点の待機児童数は2,254人と8年連続で過去最少を更新しました。その一方で、保育所等の利用児童数は2025年前後にピークを迎え今後は緩やかに減少に転じるとみられており、供給過剰による定員割れ・経営悪化という新たな課題、いわゆる「保育の2025年問題」が業界の焦点になっています。こうした環境変化を背景に、保育園・幼稚園業界でもM&Aによる事業承継や再編の動きが広がっています。
業界の構造とM&Aが起こる背景
保育園・幼稚園業界は、認可保育所・認定こども園・企業主導型保育・認可外保育施設など多様な事業形態が並存し、社会福祉法人・学校法人・株式会社など運営主体もさまざまです。運営費の多くを公定価格(国が定める運営費の基準額)や補助金に依存する規制産業である一方、参入障壁が比較的低い認可外保育や企業主導型保育を中心に株式会社の新規参入も進んできました。こうした構造の中で、以下のような要因がM&Aを後押ししています。
- 保育士不足:保育士は人材確保競争が厳しい職種の一つとされ、既存園を買収して保育士ごと事業基盤を獲得する動きがあります。人手不足を背景にしたM&Aという構造は人材派遣・人材紹介業のM&A動向とも共通します
- 利用児童数のピークアウトと定員割れ:少子化の進行により、特に地方・過疎地域では定員充足率の低下が顕著になっており、単独での経営継続が難しくなる園が増える見通しです
- 経営者の高齢化・後継者不在:小規模な園や個人経営に近い事業者では後継者が見つからず、廃業を避ける手段としてM&Aによる会社の存続を検討するケースが増えています
- 異業種からの参入:不動産・教育・介護など隣接領域の企業が、既存の保育事業者を買収して新規事業領域として保育を取り込む動きもみられます
最近の動向
保育業界では近年、M&Aによる再編が目に見えて増えています。レコフデータによると、育児・保育分野のM&A件数は2022年に50件(前年比51.5%増)、2023年も48件と高水準が続き、2024年も11月時点で42件と活発でした(レコフデータ、2024年12月時点)。同社は、異業種からの参入が再編の呼び水になっていると指摘しています。買い手の顔ぶれは、(1)保育を主力とする上場企業による同業の取り込み、(2)大手グループが抱える保育事業の切り出し(カーブアウト)の受け皿、(3)生命保険など異業種からの資本参加——と多様化しているのが特徴です。
実際の動きを見てみましょう。保育・人材・介護を手がけるライク(東証プライム・証券コード2462)は2024年7月、東京都西東京市で認可保育園3園を運営するデジタルディフェンス有限会社の全株式を取得し、連結子会社化しました。地域密着で運営してきた独立系の事業者を、上場大手が取り込んだ事例です。異業種の動きとしては、2024年11月に日本生命保険がライクと資本業務提携を結び、保育のITインフラ整備を進める「保育イノベーションコンソーシアム」を組成しました。日本生命は保育所を運営するニチイ学館を傘下に持っており、生命保険会社が保育分野との距離を縮めています。
こうしたM&Aが増える背景には、少子化による経営環境の変化があります。こども家庭庁「保育所等関連状況取りまとめ(令和7年4月1日時点)」によると、保育所等の利用定員は303万人(前年比1.5万人減)、利用児童数は268万人(同2.7万人減)で、定員充足率は88.4%(同0.4ポイント低下)まで下がりました。保育所の収入は在籍する児童数に応じて決まる部分が大きく、充足率の低下はそのまま収入減に直結します。都市部の充足率が91.3%であるのに対し過疎地域では74.6%にとどまるなど地域差も大きく、同庁は2025年4月から2029年4月までの5年間で申込者数が約8.6万人減少する一方、利用定員は約2.2万人分増加する見込みだとしています。園を取り巻く需給の緩みは今後さらに進む可能性が高く、経営体力のあるうちに再編を選ぶ動きにつながっています。
経営環境の厳しさは、倒産・休廃業の動向にも表れています。帝国データバンクの調査(2025年通年)によると、保育園運営事業者の倒産は14件(前年7件)、休廃業・解散は32件(同24件)で、合計46件は前年の31件から15件(48.4%)増加し、年間で過去最多となりました。同社は、補助金による施設整備が進んだ一方で、利用者から「選ばれる園」と「淘汰される園」への二極化が進んでいると分析しています。2024年度の損益動向でも「赤字・減益」の事業者が45.1%を占めており、自園がどちらの側に立つのかを早めに見極めることが、M&Aを含む選択肢を残すうえで重要になります。
この業界のM&Aの特徴
保育園・幼稚園のM&Aで評価されやすい資産としては、まず認可保育所としての認可・指定そのものが挙げられます。認可は自治体の審査を経て取得する必要があり、新規開設に時間がかかることから、既存の認可施設を買収するニーズは根強くあります。また、確保が難しい保育士等の人材が定着している点、地域での稼働実績・評判、待機児童の状況によっては安定した利用児童数の見込みも評価対象になります。
スキームは株式譲渡が用いられることが多いとされますが、園単独の事業譲渡や、社会福祉法人同士の合併・事業譲渡が使われる場合もあり、運営主体の法人形態によって選択肢が異なります。バリュエーション(企業価値の評価)については、収益力に加えて認可の有無や定員充足率、施設の老朽化度合いなど個別性が大きく、一律の相場を断定することはできません。
本文で触れてきた要素を、「買い手からどう見えるか」という観点で整理すると、自園の立ち位置が見えやすくなります。金額の話に入る前に、まずは次の表で自園の強みと弱みを確かめてみてください。
| 評価を上げやすい要素 | 評価を下げやすい要素 |
|---|---|
| 認可保育所としての認可・指定を持っている | 認可がなく、認可外での運営にとどまる |
| 保育士が定着し、退職が少ない | 保育士の入れ替わりが激しく、採用に苦戦している |
| 定員充足率が高く、利用児童数が安定している | 定員割れが続き、充足率が低下している |
| 地域での稼働実績・評判が良い | 行政処分歴があるなどコンプライアンス面に不安がある |
| 建物・設備が良好に保たれている | 施設の老朽化が進み、改修に費用がかかる |
売り手・買い手それぞれの視点
売却を検討する経営者にとって
定員割れや保育士確保の負担が続く中、単独での経営継続に不安を感じる経営者にとって、M&Aは廃業を避けて園と雇用を残す選択肢になり得ます。特に個人経営や小規模法人では、後継者不在を理由に事業承継の相談を検討するケースが増えています。売却を検討する際は、認可や定員充足の状況、保育士の在籍状況といった自社の強み・課題を整理しておくことが重要です。一般的な進め方は会社売却の進め方完全ガイドで解説しています。
買収を検討する企業にとって
買い手にとっては、既存の認可施設と保育士を一括して獲得できる点が大きな魅力です。一方で、2025年問題を踏まえた将来の定員充足見込み、行政処分歴の有無、補助金の適正受給状況などは、デューデリジェンス(買い手による詳細な調査)で慎重に確認すべき事項です。エリア拡大を目的とした同業間M&Aだけでなく、教育・介護・不動産など隣接事業とのシナジーを狙う異業種からの参入も今後の再編を左右する要素になりそうです。
保育園の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、保育園が含まれる大分類「医療・福祉」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値9.2倍、四分位範囲3.5〜20.6倍(n=220)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値8.5倍(n=150)です。なお、保育所は「医療、福祉」に、幼稚園は「教育・学習支援業」(中央値8.6倍)に分類されます。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値9.2倍を単純に当てはめると約1.8億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約7,000万円〜約4.1億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、保育園に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 待機児童問題は解消が進む一方、利用児童数のピークアウトによる定員割れ・二極化という「2025年問題」が業界の新たな課題になっている
- 買い手は保育大手による同業の取り込み、大手グループが抱える保育事業の切り出しの受け皿、生保など異業種の資本参加と多様化し、既存の認可施設や人材を獲得するM&Aが広がっている
- 認可の有無・定員充足率・保育士の定着状況が評価のポイントで、相場は個別性が大きく一律には決まらない
もし少しでも将来に不安があるなら、まずは自園の認可状況・定員充足率・職員の定着状況を、紙1枚に書き出して整理することから始めてみてください。売却するかどうかを決める前でも、自園の立ち位置が客観的に見えるだけで、次の判断がぐっと落ち着いて進められます。
次に読む
- 学習塾・教育業界のM&A動向:同じ教育・保育セクターの近接業界として比較検討されやすいテーマを扱います
- 医療・介護業界のM&A動向:許認可事業・人手不足という共通の構造要因を持つ近接業界を解説します
- 会社売却の進め方完全ガイド:業界動向を踏まえて自社の売却を検討する際の流れ・期間・準備を解説します
出典
- こども家庭庁「保育所等関連状況取りまとめ(令和7年4月1日)」
- 帝国データバンク「『保育園』の倒産・休廃業解散動向(2025年)」
- レコフデータ「育児・保育業界のM&A動向」(マールオンライン、2024年12月)
- AIAIグループ株式会社「沿革」
- AIAIグループ株式会社「M&Aについて(テルウェル東日本株式会社)」(2024年10月)
- テルウェル東日本株式会社「ぽこころ保育園 祖師谷の譲渡について」
- ライク株式会社「ライクグループ、西東京市に3つの認可保育園を運営するデジタルディフェンス有限会社を連結子会社化」(2024年7月)
- 日本生命保険相互会社「ライク株式会社との資本業務提携および『保育イノベーションコンソーシアム』の組成について」(2024年11月)

