後継者に自社株を集中して承継させたいが、ほかにも相続人がいるため相続時のトラブルが心配だという経営者は少なくありません。自社株を生前贈与しても、相続が起きれば他の相続人から遺留分を主張される可能性があるためです。本記事では、事業承継の場面でこの問題を回避するために設けられた、経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例(除外合意・固定合意)の仕組みと手続きを解説します。
結論:遺留分の民法特例を使えば自社株集中による相続紛争リスクを抑えられる
経営承継円滑化法の民法特例を使うと、先代経営者の推定相続人全員と後継者の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可という3つの手続きを経て、後継者が贈与等で取得した自社株式について遺留分の主張を制限できます。合意の内容には「除外合意」と「固定合意」の2種類があり、会社の経営承継の場合はどちらか一方または両方を選ぶことができます。
遺留分とは
遺留分とは、民法上、兄弟姉妹以外の相続人に最低限保障されている相続の取り分で、原則として法定相続分の2分の1(相続人が直系尊属のみの場合は3分の1)です。被相続人の意思にかかわらず相続人全員が確保できる権利であるため、遺留分を侵害された相続人は、侵害額に相当する金銭の支払いを請求できます。2019年7月1日施行の相続法改正により、この請求権はかつての「遺留分減殺請求」(財産そのものの返還を求める権利)から、金銭の支払いを求める「遺留分侵害額請求」に改められています。
事業承継の場面では、先代経営者が後継者に自社株式を生前贈与して集中的に承継させても、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ければ、後継者は多額の金銭を用意しなければなりません。支払いの原資を確保できず、やむを得ず自社株式を処分すれば、経営権の基盤となる株式が分散し、事業継続そのものが揺らぎかねません。分散した自社株の集約は民法特例だけで完結する話ではなく、分散した自社株の集約方法も合わせて検討しておくと安心です。
民法特例の仕組み:除外合意と固定合意
経営承継円滑化法は、先代経営者(旧代表者)の推定相続人及び後継者の全員の合意を前提に、後継者が先代経営者からの贈与等により取得した自社株式(会社の経営承継の場合)や事業用資産(個人事業の経営承継の場合)について、遺留分の算定方法を変える2種類の合意を認めています。合意の当事者となる「推定相続人」には、遺留分を持たない兄弟姉妹及びその子は含まれません。
| 除外合意 | 固定合意 | |
|---|---|---|
| 効果 | 後継者が取得した株式等・事業用資産の価額を、遺留分を算定するための財産の価額に算入しない | 遺留分を算定するための財産の価額に算入する株式等の価額を、合意時の時価に固定する |
| 利用できる場面 | 会社の経営承継・個人事業の経営承継のいずれでも利用可能 | 会社の経営承継の株式等のみに利用可能(個人事業の事業用資産には利用不可) |
| 追加で必要になるもの | 特になし(合意書・添付書類のみ) | 合意時の時価が相当な価額であることについての税理士・公認会計士・弁護士等による証明書 |
除外合意は、対象となった株式等の価額をそもそも遺留分の計算から外すため、後継者の経営努力によって株式価値が将来どれだけ上昇しても遺留分の主張を受けません。固定合意は、遺留分の計算に使う価額を合意時点の時価で固定するもので、相続開始時までの自社株評価の上昇分を遺留分の対象から外す効果があります。除外合意と固定合意は組み合わせて利用することも可能です。
適用要件と対象者
民法特例(基本合意)を利用するには、会社・先代経営者・後継者のそれぞれが次の要件を満たす必要があります。
- 会社:中小企業者であり、合意時点において3年以上継続して事業を行っている非上場企業であること
- 先代経営者(旧代表者):過去または合意時点において会社の代表者であったこと
- 後継者(会社事業後継者):合意時点において会社の代表者であり、先代経営者からの贈与等により株式を取得したことで会社の議決権の過半数を保有していること
後継者の要件は「推定相続人以外の方も対象」とされており、親族外の後継者であっても議決権要件等を満たせば民法特例を利用できます。ただし、後継者が合意対象の株式の贈与を仮に受けなかったとしても議決権の総数の50%を超える議決権をすでに保有している場合は、特例を利用できません。
手続きの流れ:合意から効力発生まで
民法特例は、合意しただけでは効力が生じません。経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可の両方を受けて初めて、合意の効力が発生します。手続きの流れは次のとおりです。
- 先代経営者から後継者への株式の生前贈与等
- 先代経営者の推定相続人全員及び後継者による、除外合意・固定合意の書面での合意
- 合意をした日から1ヶ月以内に、後継者が単独で経済産業大臣(提出先:経済産業省中小企業庁事業環境部財務課)に確認を申請
- 経済産業大臣の確認書の交付を受けた日から1ヶ月以内に、後継者が単独で先代経営者の住所地を管轄する家庭裁判所に許可を申立て
- 家庭裁判所が、合意が当事者全員の真意によるものであると認めた場合に許可を行い、合意の効力が発生
大臣への確認申請では、合意書のほか、定款・株主名簿の写し、登記事項証明書、従業員数証明書、貸借対照表・損益計算書等、上場会社等でない旨の誓約書、先代経営者・推定相続人全員・後継者の戸籍謄本等(先代経営者については原則として出生日から合意日までの連続した戸籍)、固定合意の場合は税理士等の証明書といった書類の添付が必要です。
手続きにかかる期間は個々の準備状況により異なりますが、大臣確認・家庭裁判所の許可それぞれについて「1ヶ月以内の申請・申立て」という法定の期限がある点は必ず押さえておく必要があります。
利用する際の注意点
- 推定相続人が一人でも合意しなければ制度を利用できません。全員合意が前提であるため、早い段階から丁寧な説明と合意形成が欠かせません
- 合意から大臣確認の申請まで、大臣確認から家庭裁判所の許可申立てまで、それぞれ1ヶ月以内という期限があります。期限を過ぎた場合の扱いは個別の状況によるため、早めに専門家へ相談してください
- 固定合意を選ぶ場合は、合意時の時価が相当な価額であることについて税理士・公認会計士・弁護士等の証明書が必須です
- 家庭裁判所は、合意が当事者全員の真意によるものかどうかを確認したうえで許可の可否を判断します
手続き自体にかかる公的な手数料については一次情報に具体的な記載はなく、実務では合意書の作成や大臣確認・家庭裁判所への申請手続きを弁護士・税理士等の専門家に依頼するケースが中心です。専門家報酬は依頼先や合意内容の複雑さによって異なるため、依頼前に見積もりを確認しておくとよいでしょう。
相談先に迷う場合は、公的な相談窓口である事業承継・引継ぎ支援センターも選択肢になります。民法特例は要件・手続きとも専門的であるため、実際に活用を検討する際は弁護士や税理士など事業承継に詳しい専門家に早めに相談することをおすすめします。
まとめ
- 遺留分は兄弟姉妹以外の相続人に最低限保障された取り分で、2019年の相続法改正後は金銭債権(遺留分侵害額請求)として扱われる
- 経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)を使えば、推定相続人全員の合意・経済産業大臣の確認・家庭裁判所の許可を経て、後継者が取得した自社株式を遺留分の対象から外す、または価額を固定できる
- 全員合意が前提で、申請・申立てにはそれぞれ1ヶ月以内という期限があるため、早期に弁護士・税理士等の専門家へ相談して準備を進めることが重要
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