SES(システムエンジニアリングサービス。技術者の常駐・準委任契約による人材提供)や受託開発を手がける会社の経営者の間で、会社をどう次につなぐかという相談が増えています。背景には、エンジニア不足を補いたい買い手企業と、多重下請け構造からの脱却を目指す動きがあります。本記事では、SES・受託開発業界でM&Aが増えている構造的な理由と、評価されやすい資産、売却相場の考え方を解説します。
業界の構造とM&Aが起こる背景
SES・受託開発業界の構造要因の中心は、慢性的なエンジニア不足です。採用だけでは必要な人数を確保できない企業が、M&Aによって技術者ごと組織を獲得する動きを強めています。特にクラウドやAIなど需要の高い技術領域を持つ会社は、買い手にとって採用コストを大きく圧縮できる対象として評価されやすくなります。SES企業の多くは特定顧客への常駐が事業の中心のため、単体での規模拡大に時間がかかることも、買収による人員獲得が選ばれる理由の一つです。
もう一つの背景が、多重下請け構造からの脱却を狙う動きです。二次請け・三次請けの立場では単価交渉力が弱く、利益率が上がりにくいという課題があります。元請け機能や自社サービスを持つ企業がSES・受託開発会社を買収するのは、案件の川上を押さえて収益構造を改善する狙いがあるためです。加えて経営者の高齢化や後継者不在も進んでおり、DX需要の拡大で買い手企業の関心が旺盛な今のうちに譲渡を検討する経営者が増えています。
最近の動向
経済産業省が2019年4月に公表した「IT人材需給に関する調査」では、IT需要が高い水準で伸びた場合、2030年に最大で約79万人のIT人材が不足すると試算されています(中位シナリオでは約45万人、低位シナリオでは約16万人)。公表から時間が経っていますが、厚生労働省が2024年に公表した調査でも2030年までに最大80万人程度の不足が推計されるなど、公的な統計でも人材不足感が続いていると指摘されています。この規模感は、人材確保を目的としたSES・受託開発会社の買収意欲が今後も一巡しにくい構造にあることを示しています。自社にとっては、採用市場で苦戦しがちな技術領域を持つ同業がいれば、M&Aが選択肢に入る局面が続くと捉えられます。
実例:東証グロース上場のエクストリーム(証券コード6033)は2026年6月、福岡市を拠点にSES・受託開発事業を営むアットアイパスとインフィズジャパンの全株式を取得し子会社化しました。地方拠点での顧客基盤獲得を目的とした買収で、両社とも小規模ながら黒字を確保していました。
この業界のM&Aの特徴
SES・受託開発会社のM&Aで評価される資産は、有形の設備よりも人材そのものに重心があります。主な評価ポイントと、売却時に論点になりやすい事項を整理しました。
| 評価される資産・論点 | 内容 |
|---|---|
| エンジニアの人数・スキル・定着率 | 稼働できる技術者数と離職率の低さが評価の土台になります |
| 取引先の質 | エンドユーザー直請けや継続案件の比率が高いほど収益の安定性が評価されます |
| 平均単価・技術領域 | クラウド・AIなど需要の高い領域や高単価案件の比率 |
| 契約形態 | 準委任・請負の割合、多重下請けの階層の浅さ |
| 人材流出リスク | エンジニアの離脱で案件ごと失う可能性があるため、キーマン条項・ロックアップが付きやすくなります |
SES事業は労働集約型でストック性の低いビジネスです。設備や在庫のような有形資産が少ない分、人材の流出がそのまま企業価値の毀損につながる点は、他業種のM&Aと異なる特徴です。そのため、主要メンバーの一定期間の在籍を条件とする条項が付くケースが多く見られます。売却相場はEBITDA倍率や年買法といった一般的な考え方を目安にする例もありますが、会社ごとの人材構成や契約基盤によって水準は大きく異なり、断定できるものではありません。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手にとっての視点
売り手にとって最大の課題は人材確保の難しさです。単体では採用競争力に限界があり、大手グループの傘下に入ることで採用力や案件供給力を補強できる点がM&Aの動機になります。エンドユーザー直請け案件を積み増すための単価交渉力の弱さも、譲渡を検討する要因の一つです。人材派遣・人材紹介業のM&A動向と同様、人材の定着そのものが会社の価値を左右する業界であることは共通しています。
買い手にとっての視点
買い手側は、自社採用だけでは埋まらない人員を一括で獲得できる点をM&Aの魅力とします。案件獲得力の強化に加え、下請け構造の上流に立つことで利益率の高い元請け案件や自社サービス開発への展開を狙う買収も見られます。技術領域を補完する買収により、クラウドやAI分野の対応力を短期間で強化する動きも進んでいます。
SES・受託開発会社の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、SES・受託開発会社が含まれる大分類「情報通信業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値14.3倍、四分位範囲7.8〜27.4倍(n=232)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値9.0倍(n=153)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値14.3倍を単純に当てはめると約2.9億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.6億円〜約5.5億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、SES・受託開発会社に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- エンジニア不足・多重下請け構造からの脱却・経営者の高齢化が、SES・受託開発業界のM&Aを押し上げる構造要因です
- 評価される資産は人材の定着率・取引先の質・技術領域で、キーマン条項やロックアップが付きやすい点が特徴です
- 売却相場は一般的な考え方の目安はあるものの、会社ごとの差が大きく断定できません
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