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介護・老人ホーム業界のM&A動向と売却相場

介護・老人ホーム業界のM&A動向と売却のポイント|M&A Times

「今の稼働率で、この先何年やっていけるだろうか」——訪問介護や通所介護の現場を預かる経営者から、そうした声を聞く機会が増えています。人手不足と報酬改定が経営を圧迫するなか、小規模事業者の淘汰が進む一方で、その受け皿として大手チェーンや投資ファンド、異業種が事業者を買い集める動きが加速しています。本記事では介護・老人ホーム業界のM&A動向を、誰がどのように買っているのかという再編の構図を軸に、売却を検討する際のポイントとあわせて解説します。

業界の構造とM&Aが起こる背景

介護業界でM&Aが増える背景には、売り手側を押し出す複数の構造要因があります。第一に、訪問介護を中心とした人手不足です。ヘルパーや介護職員の採用競争が続き、単独の事業者では採用力に限界があります。第二に、介護報酬改定による収益圧迫です。厚生労働省による2024年度(令和6年度)の改定では、介護報酬全体は1.59%引き上げられた一方、訪問介護の基本報酬は引き下げられました。第三に、後継者不在です。オーナー経営者の高齢化が進むなか、親族内・従業員承継が難しい事業者は後継者がいない会社の選択肢としてM&Aを検討します。

こうした圧力は倒産・休廃業の統計にも表れています。東京商工リサーチの調査によると、2025年の「介護事業者」の倒産は176件で2年連続、休廃業・解散は653件で4年連続、いずれも過去最多を更新しました。資金体力に乏しい小規模事業者ほど「自力継続」の選択肢が狭まっており、これがM&A市場に売り手が流入する土台になっています。

誰が介護事業者を買っているのか

淘汰される小規模事業者の受け皿として、買い手は大きく三つの類型に分かれます(買い手の4類型もあわせて参照)。

第一に、投資ファンド(PE)による大手の集約です。アジア系の投資ファンドMBKパートナーズは、ツクイ、SOYOKAZE(旧ユニマット リタイアメント・コミュニティ)に続き、2024年1月にポラリス・キャピタル・グループからHITOWAホールディングス(HITOWAケアサービス)を取得しました。さらに2026年3月には、上場するソラストのMBO(経営陣による買収)を支援して非上場化を進めるなど、大手・中堅を相次いで傘下に収めています。ファンドは規模の経済とICT導入で効率化を図りつつ再建を目指すと報じられており、業界上位の再編を主導しています。

第二に、異業種からの参入です。生命保険最大手の日本生命は2024年6月、ベインキャピタル系ファンドが間接保有していたニチイホールディングス(ニチイ学館)の持株会社の株式99.6%を約2,100億円で取得し、介護・医療事務・保育を中核事業の一つに据えました。警備大手のALSOKも介護を成長分野と位置づけており、保険・警備・不動産といった隣接産業が高齢化を取り込む動きが続いています。

第三に、同業の介護チェーンによるロールアップ(連続買収)です。ベネッセスタイルケアグループは2025年12月、埼玉県を中心に低価格帯の介護付有料老人ホームを運営する日本ヒューマンサポート(2024年に民事再生を経てファンド傘下で再建)の全株式を取得し、首都圏郊外・低価格帯へポートフォリオを広げました。大手が自社の手薄なエリアや価格帯を、経営難や承継難の中小の取得で補うのが典型的な構図です。

買い手の類型主なプレイヤー例M&Aの狙い
投資ファンド(PE)MBKパートナーズ(ツクイ・SOYOKAZE・HITOWA・ソラスト)大手の集約・効率化と再建
異業種の大手日本生命(ニチイHD)、ALSOK高齢化市場への参入・多角化
同業の介護チェーンベネッセスタイルケア 等エリア・価格帯の補完、規模拡大
地域の中堅事業者隣接エリアでの拠点・人材の獲得

その他の実例:2026年4月、ALSOKの子会社ALSOK介護は、大和ハウス工業グループの大和ハウスライフサポートと大和リビングケアの全株式を取得すると発表しました。両社は有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などを10都府県で1,700室超運営しており、大和ハウス工業が資本効率向上のため介護事業から撤退し、警備大手のALSOKがエリアと入居者基盤を引き継ぐ再編となりました。異業種の参入と、大手による事業ポートフォリオの入れ替えが同時に起きた事例です。

この業界のM&Aの特徴

介護業界のM&Aでは、許認可(指定)の承継方法にとくに注意が必要です。訪問介護や通所介護などの指定は都道府県知事や市区町村長が事業者ごとに行います。株式譲渡であれば法人格が存続し、指定もそのまま維持されます。一方、事業譲渡では譲受側が新たに指定を受け直す必要があり、申請から指定までの間に事業が途切れないよう計画的な準備が欠かせません。厚生労働省のマニュアルでも、廃止と新規申請の間に空白期間を作らないよう、事業継続中の申請が原則とされています。こうした事情から、介護業界のM&Aでは株式譲渡が主流のスキームとなっています。

もう一つの特徴が、運営主体による制約です。有料老人ホームや在宅サービスを運営する株式会社・有限会社は株式譲渡でそのまま売買できますが、特別養護老人ホーム等を運営する社会福祉法人は持分の概念がなく株式譲渡ができないため、M&Aは所轄庁の認可を要する合併や事業譲渡に限られます。株式譲渡M&Aの主な対象は、民間事業者が運営する有料老人ホームや訪問・通所サービスです。

評価軸見られるポイント
稼働率施設・拠点ごとの入居率・利用率の推移
要介護度・要支援度の分布医療的ケアの需要度、収益の安定性
人員配置基準の充足状況加算取得の可否、労務リスクの有無
立地・エリア内シェア生活圏の高齢化率、競合との位置関係
指定の種類・有効期限承継のしやすさ、更新時期

稼働率や要介護度の分布は数値化しやすく評価に反映されやすい一方、最終的な譲渡価格は個別交渉によって決まります。

売り手・買い手それぞれの視点

売り手側の視点

売り手側の最大の課題は、後継者不在と資金繰りです。会社売却の相場を検討する際は、稼働率や人員配置の状況を整理しておくと、買い手からの評価を得やすくなります。報酬改定への対応力を示す資料(加算の取得状況・処遇改善計画等)を準備しておくことも、交渉を有利に進める材料になります。

買い手側の視点

買い手側は、エリア拡大とスケールメリット、人材確保を目的に買収を検討します。異業種からの参入では、既存事業とのシナジーだけでなく、介護保険制度特有の規制対応やケアの質を維持する体制を引き継げるかが、統合後の課題になります。保育園・幼稚園業界のM&A動向と同様、福祉分野の許認可事業ではPMI(統合プロセス)の巧拙が成否を左右します。

介護事業の売却相場の目安(実測データ)

中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、介護事業が含まれる大分類「医療・福祉」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値9.2倍、四分位範囲3.5〜20.6倍(n=220)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値8.5倍(n=150)です。

たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値9.2倍を単純に当てはめると約1.8億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約7,000万円〜約4.1億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。

なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。

この倍率は大分類全体の集計であり、介護事業に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。

まとめ

  • 淘汰される小規模事業者の受け皿として、投資ファンド(MBK等による大手集約)・異業種(日本生命・ALSOK)・同業チェーン(ベネッセ等)の三類型が事業者を買い集めている
  • 人手不足・報酬改定・後継者不在が売り手を押し出し、2025年の倒産・休廃業はいずれも過去最多(東京商工リサーチ調べ)
  • 株式譲渡なら指定を維持したまま承継でき、社会福祉法人は株式譲渡不可など、運営主体で使えるスキームが異なる

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