M&Aの「リアル」を伝える経済メディア

読了目安 約7分

動物病院のM&A・承継動向と売却相場

動物病院のM&A・承継動向と売却のポイント|M&A Times

「この病院を、この先誰に託せばいいのか」——そう考え始めた院長も多いのではないでしょうか。動物病院は開業医個人による経営が中心の業界で、飼育頭数の伸びが一巡した今、後継者が見つからないまま引退時期を迎える医院が、第三者への承継・M&Aという選択肢を検討し始めています。

業界の構造とM&Aが起こる背景

動物病院は、人の医療機関のように経営主体を医療法人へ限定する制度がなく、獣医師個人の開業(個人事業)または株式会社としての運営が中心です。開設は許可制ではなく届出制(獣医療法第3条)で、参入・退出の自由度が比較的高い一方、後継者の有無が院長自身の努力だけでは解決しにくい経営課題になっている点は、他の中小企業と同じです。

農林水産省の令和6年獣医師届出状況によると、届出獣医師39,664人(うち獣医事に従事する者35,419人)の平均年齢は50.2歳です(令和6年12月31日時点)。開業から数十年が経過した医院では、院長の勇退時期と後継者の不在が同時に近づいてくることになり、後継者がいない会社の選択肢にあるように、廃業ではなくM&Aによって医院と雇用、そして飼い主との関係を残す道を選ぶケースが増えています。

飼育頭数の面でも、新規開業だけで患者基盤を一から築く難しさが増しています。ペットフード協会の2025年全国犬猫飼育実態調査によると、犬の推定飼育頭数は約682万頭で世帯飼育率の減少が続く一方、平均飼育頭数の増加もあって下げ止まり傾向、猫は約884.7万頭で前年から微減(飼育率はほぼ横ばい)です。市場全体の伸びが期待しにくいからこそ、既存の患者基盤とスタッフをそのまま引き継げる承継・M&Aの価値が相対的に高まっていると言えます。

最近の動向

農林水産省の飼育動物診療施設の開設届出状況(令和7年12月31日現在)によると、全国の診療施設数は17,200施設、うち小動物(犬猫)診療施設は13,046施設です。平成28年(2016年)時点の同施設数15,631施設(うち小動物11,675施設)と比べると、約9年で小動物診療施設は1割強増加しており、廃業による減少より新規参入・承継による施設数の維持・拡大が上回っている状況がうかがえます。

一方で、小動物診療施設13,046施設のうち個人での開設は6,392施設と、依然として半数近くを占めています。残る半数は法人・会社形態での開設であり、施設の開設者のうち獣医師以外(法人など)が8,372人と獣医師本人による開設(8,828人)にほぼ並んでいる点も、法人化やグループ経営による集約が進んでいる実態を映しています。

項目数値時点・出典
届出獣医師数(全分野)39,664人(うち獣医事従事35,419人)令和6年12月31日・農林水産省
小動物(犬猫)診療施設数13,046施設(全体17,200施設)令和7年12月31日・農林水産省
犬の推定飼育頭数約682万頭(下げ止まり傾向)2025年・ペットフード協会
猫の推定飼育頭数約884.7万頭(前年比微減)2025年・ペットフード協会

買い手側では、複数の動物病院を連続的に買収して展開するグループの存在も業界の特徴です。検査機器や二次診療体制を病院間で共有し、当直・急患対応の負担を分散できることが、こうしたロールアップ型の買い手にとっての狙いです。

実例:動物病院グループを展開するWOLVES HAND、練馬の動物病院ノースワンを子会社化では、「こもれび動物病院」を運営するノースワンの発行済株式全部を取得することで合意し、2026年8月14日の株式譲渡実行を予定しています。診療連携や設備の相互活用によるシナジーを狙う、連続買収型の買い手による承継の一例です。

この業界のM&Aの特徴

動物病院のM&Aで評価の中心になるのは、通いつけの飼い主(顧客基盤)とカルテ、立地、そして獣医師・愛玩動物看護師といった人材です。小動物診療は「かかりつけ」としてのリピート性が強く、飼い主との信頼関係そのものが譲渡価値の源泉になります。人手不足が続くなか、在籍する獣医師・スタッフをそのまま引き継げることも、買い手にとって新規の求人募集にはない魅力です。

スキーム面では、前述の通り動物病院は許可制ではなく届出制で、株式会社としての運営が広く行われているため、株式譲渡と事業譲渡の違いで解説する一般的なM&Aスキームがそのまま使える点に特徴があります。バリュエーションの目線は、収益力に加えて立地・診療科目(外科・眼科など専門診療の有無)・スタッフ体制によって大きく変動するとされ、画一的な相場を示しにくいのが実情です。

売り手・買い手それぞれの視点

売り手(院長)にとって

後継者不在という悩みそのものを解消しながら、勇退後の生活資金を確保できることが最大のメリットです。第三者への承継であれば、通ってきた飼い主やスタッフへの影響を最小限に抑えつつ診療を継続でき、廃業と違ってペットの通院先を失わせずに済みます。個人で金融機関の借入に経営者保証を差し入れている場合、売却によって保証の解除交渉が可能になることもあります。

買い手にとって

既存の患者基盤と立地を引き継げるため、新規開業に比べて診療圏を短期間で獲得できます。獣医師の採用競争が激しいなか、在籍する獣医師・愛玩動物看護師ごと承継できる点も大きく、グループ内での検査機器の共同利用や二次診療への紹介体制の整備によって、既存病院・買収先双方の診療の質を高めやすくなります。

動物病院(獣医業)の売却相場の目安(実測データ)

中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、動物病院(獣医業)が含まれる大分類「学術研究・専門・技術サービス業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値11.3倍、四分位範囲5.9〜21.7倍(n=168)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値6.5倍(n=125)です。

たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値11.3倍を単純に当てはめると約2.3億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.2億円〜約4.3億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。

なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。

この倍率は大分類全体の集計であり、動物病院(獣医業)に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。

まとめ

  • 動物病院は個人経営中心の業界で、院長の高齢化と後継者難、飼育頭数の頭打ちを背景にM&Aによる承継が増えている
  • 評価の中心は飼い主基盤・カルテ・立地・人材で、株式会社形態が広く使われるためスキームの自由度は比較的高い
  • 複数病院を連続買収するグループも存在し、後継者不在の解消と診療体制の維持を両立させる選択肢になり得る

次に読む

出典