「地方でタクシーが捕まりにくくなった」と感じたことはないでしょうか。背景には乗務員の高齢化と人手不足があり、新規に許可を取るより、既存の事業者を丸ごと引き継ぐM&Aで営業エリアと乗務員を確保する動きが大手グループを中心に広がっています。本記事では、タクシー業界でM&Aが増えている背景と、会社を売却する際に評価されやすいポイントを解説します。
業界の構造とM&Aが起こる背景
全国のタクシー運転者数は、参議院事務局の調査によると平成21年度の約38万人から令和4年度には約22万人へと、4割以上減少しました。運転者の平均年齢は令和5年時点で59.7歳に達し、全産業労働者平均の43.9歳を15.8歳も上回っています。乗務員の退職と採用難が同時に進み、車両があっても稼働できない事業者が増えているのが実情です。
地方では人口減少に加え、高齢ドライバーの免許返納で移動手段としての需要は残る一方、採算の取れる運行体制を維持できない事業者も少なくありません。国土交通省は2024年3月、タクシー事業者が運行主体となって一般ドライバーの自家用車を活用する「自家用車活用事業(日本版ライドシェア)」を創設し、同年4月に運用が始まりましたが、あくまでタクシー事業者の許可の下で運用される仕組みで、供給不足を補う位置付けにとどまります。
一般乗用旅客自動車運送事業の許可は、営業区域ごとに地方運輸局の審査を経て取得するもので、新規取得には準備を含め数か月を要します。連続買収による規模拡大を目指す大手グループにとって、既存の許可・乗務員・車両を保有する事業者を買収する方が新規参入より早く営業エリアを確保できるため、M&Aが有力な選択肢になっています。
最近の動向
帝国データバンクの調査によると、2025年度にタクシー業で市場から退出した事業者は、倒産36件・休廃業解散66件の合計102件にのぼり、集計可能な2000年度以降で初めて100件を超えました。燃料費や人件費の上昇分を運賃に転嫁しきれない事業者が多く、2024年度に前年から「業績悪化」(減益・赤字)となった事業者は6割を超えています。
同社は、待遇改善で乗務員を確保できる体力のある大手と、採用難が続く中小零細との格差が広がっていると分析し、中小事業者の廃業がさらに増える可能性があるとしています。後継者が見つからないまま廃業を迎える前に、M&Aで会社を譲る選択肢を検討する事業者も出てきています。
実例:モビリティスタートアップのnewmoは2024年3月に大阪市域のタクシー会社・岸交(車両40台)へ資本参加し、同年7月には1960年創業・車両606台の未来都の全株式を取得しました。車両数十台の地場事業者から中堅の老舗まで、営業区域の許可と乗務員基盤ごとグループ入りする流れが生まれています。同社は2026年3月には京浜急行電鉄からタクシー6社(車両計400台・乗務員600名超)を譲り受けると発表しており、大手グループの切り出しから中小事業者の承継まで、買い手の受け皿が広がっています。
この業界のM&Aの特徴
タクシー会社のM&Aで評価されやすいのは、単純な車両台数だけではありません。買い手は主に次のような点を確認します。
- 営業区域の許可と車両の実働率(休車が少ないか)
- 乗務員の在籍数・年齢構成・定着率
- 営業所や車庫として使える不動産の保有状況
- 配車アプリ連携や法人契約など収益基盤の質
具体的な企業価値の算定は事業者ごとの収益力や資産内容によって大きく異なり、休車が多く乗務員を確保できていない事業者ほど評価は下がりやすいとされます。断定できる相場はなく、専門家への相談が欠かせません。
スキームは、法人格をそのまま維持できる株式譲渡が主流です。一般乗用旅客自動車運送事業の許可は法人に対して与えられるため、株式譲渡であれば許可ごと会社を引き継げ、改めて譲渡譲受の認可を得る必要がありません。営業所や車両の一部だけを切り出す事業譲渡の場合は、地方運輸局への認可申請が別途必要になり、審査に数か月を要する点に注意が必要です。
売り手・買い手それぞれの視点
売り手にとって
後継者がいない、あるいは投資余力がない事業者にとって、M&Aは廃業を避けながら乗務員の雇用と地域の移動手段を残せる選択肢です。買い手グループの傘下に入ることで、燃料費の上昇や車両の更新、配車アプリ導入などにかかる投資負担を分散できる点もメリットといえます。
買い手にとって
買い手にとっての魅力は、新規許可の取得手続きを経ずに営業エリアと乗務員基盤を一括で獲得できる点にあります。京急電鉄グループの例のように、タクシー専業ではない企業がグループ内の事業を切り出す案件も出てきており、既存事業者以外のプレーヤーが参入する動きも見られます。買収後は、乗務員の待遇や車両の整備状況を丁寧にすり合わせる統合プロセスが欠かせません。
タクシー会社の売却相場の目安(実測データ)
中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2022〜2024年度に成約した中小M&Aの譲渡側報告)によると、タクシー会社が含まれる大分類「運輸業・郵便業」のPER(株式譲渡価額÷純利益)は中央値13.2倍、四分位範囲7.6〜27.6倍(n=130)でした。2024年度のみ集計のEV/EBITDAでは中央値7.1倍(n=95)です。
たとえば年間の純利益が2,000万円の会社で考えてみます。中央値13.2倍を単純に当てはめると約2.6億円、ばらつきの幅(四分位範囲)で見ると約1.5億円〜約5.5億円が、実際に成約した価格帯の目安です。純利益×倍率の機械計算であり、個社の売却価格を保証するものではありません。
なお、この倍率試算は利益が出ている会社を前提にしています。赤字や利益がわずかでも、純資産や顧客基盤・人材・許認可が評価されて売却が成立するケースはあります。詳しくは赤字会社でも売却できる?買い手がつくケースと評価されるポイントで解説しています。
この倍率は大分類全体の集計であり、タクシー会社に特化した値ではありません。業種ごとの比較や倍率を使った試算の考え方は会社売却の相場は業種でいくら違う?成約1.4万件の実測倍率で詳しく解説しています。
まとめ
- 乗務員不足と高齢化を背景に、既存の許可・乗務員・車両を持つ事業者を買収するM&Aが広がっている
- 2025年度の倒産・休廃業は過去最多の102件で、中小零細ほど廃業リスクが高まっている
- スキームは株式譲渡が主流で、許可の稼働状況や乗務員の定着率が評価を左右する
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