不動産賃貸業や資産管理会社では、保有する不動産をまとめて手放したいケースがあります。そうした場合の選択肢の一つが、不動産そのものではなく法人の株式を売買する「不動産M&A」です。本記事では、その仕組みと税負担の違いを解説します。
不動産M&Aとは
不動産M&Aとは、不動産の取得を主な目的として、その不動産を保有する会社を株式譲渡などの方法で丸ごと売買する手法です。不動産の所有権ではなく、保有法人の株式を取得することで間接的に不動産を取得する仕組みです。
たとえば、賃貸ビル1棟のみを保有する資産管理会社があるとします。買い手はビルを直接購入せず、この会社の株式を取得してビルの実質的な保有者になります。本記事は、法人所有の不動産売却を検討する経営者向けの内容です。
通常の不動産売却との違い
不動産M&Aと通常の不動産売却では、売買の対象や手続きが異なります。前者は不動産を保有する法人の株式を、後者は土地・建物そのものを売買します。主な違いは次の表のとおりです。
| 項目 | 通常の不動産売却 | 不動産M&A |
|---|---|---|
| 譲渡の対象 | 不動産(土地・建物) | 会社の株式 |
| 契約形態 | 不動産売買契約 | 株式譲渡契約 |
| 所有権移転登記 | 必要 | 原則として不要(名義は変わらない) |
| 承継リスク | 資産のみのため限定的 | 会社ごと承継し簿外債務等のリスクあり |
特に株式譲渡は、資産・負債を含めて法人ごと引き継ぐため、帳簿に表れない簿外債務がないか、買収前のデューデリジェンス(DD)で確認することが欠かせません。
税負担の比較
現物売却と不動産M&Aでは、税負担の構造も異なります。原則として現物売却では、売却益にまず保有法人へ法人税等が課税されます。その後の資金分配でも清算に伴う配当課税が生じるため、税負担は二段階になる点に注意が必要です。
具体的には、法人の売却益は他の所得と合算され、法人税(原則として中小法人は年800万円以下の所得部分が15%、超過分は23.2%)に地方法人税・住民税・事業税等を加えた実効税率が課され、800万円超の部分でおおむね30%台とされます。残余財産の分配は原則としてみなし配当を含む配当所得として総合課税の対象となり、他の所得と合算した累進税率が適用されます。
一方、株式を譲渡する場合は法人段階の課税を経ず、株主個人の譲渡益に原則として20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の申告分離課税が適用されます。会社売却にかかる税金も参照してください。この税負担の軽さが、不動産M&Aのメリットとされる理由です。
実務での意味
不動産M&Aは、賃貸収入目的の資産管理会社や自社ビル・工場保有の事業会社に向いている手法です。買い手・売り手の実務ポイントを整理します。
買い手にとって
買い手にとっては、不動産取得税・登録免許税が株式取得では原則として発生しない点がメリットです。ただし会社ごと引き継ぐため、簿外債務・保証等のリスク確認が欠かせません。財務・法務のデューデリジェンスは公認会計士・税理士や弁護士に依頼するのが一般的で、費用は通常、買い手が負担します。
売り手にとって
売り手にとっては、株式譲渡による分離課税が現物売却より手取りを増やす可能性がある点が魅力です。ただし税負担の差だけで判断すべきではありません。株式評価には時価純資産法など不動産の含み益を反映する方法が使われ、過度な節税スキームは租税回避行為とみなされるおそれがあるため、専門家の関与が欠かせません。
実際の事例
不動産M&Aは、上場企業の開示資料でも実例が確認できます。中小の資産管理会社の売買は当事者間の非公開取引が中心で表に出にくいものの、公表されている事例からスキームの実像がつかめます。
買い手の例(トーセイ)
上場不動産会社のトーセイは2023年1月、東京都千代田区の不動産保有会社の全株式を取得し、収益マンション6棟・収益戸建2棟・区分マンション4戸の計12物件を取得したと公表しました。同社は不動産の取得を目的としたM&Aを仕入戦略の一つと位置づけ、公表時点で累計12案件・60物件の取得実績を開示しています。市場に出回らない不動産を取得できることが狙いと説明されており、資産保有会社の事業承継の支援にも対応するとしています。
売り手の例(エムケー精工)
東証スタンダード上場のエムケー精工は2025年7月、ホテルの土地・建物と運営会社の株式を保有する子会社エムケー興産の全株式を、サンフロンティア不動産グループのホテル運営会社へ譲渡すると公表しました。譲渡に先立ち、新設分割でホテル関連以外の事業を別会社に切り出し、対象不動産と運営会社だけを残した会社にしたうえで株式を譲渡するスキームです。売却対象を会社分割で切り出してから株式譲渡する組み合わせは、不動産M&Aの実務で使われる代表的な形です。なお、譲渡価額は非公表です。
このように公表事例は上場企業が関わる案件が中心ですが、保有法人の株式を譲渡して間接的に不動産を移転するという仕組み自体は、非上場の資産管理会社でも同じです。
まとめ
- 不動産M&Aは、不動産そのものではなく、それを保有する法人の株式を売買することで、間接的に不動産を取得・売却する手法です。
- 現物売却は法人への譲渡益課税と清算時の配当課税が二段階で生じうるのに対し、株式譲渡は株主個人への分離課税で済む構造のため、原則として税負担が軽くなる可能性があります。
- 買い手は簿外債務の調査、売り手は株式評価や専門家への相談を欠かさず、税負担の差だけで判断しないことが重要です。
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